『バラックシップ流離譚』 アリフレイター・1
船上に築かれた『居住区』は、区画による差異はあるものの、概ね上層へいくほど豊かになっていく傾向がある。
美術品や嗜好品の類も、アンダーグラウンドで流通するものを除けば、そのほとんどが上層で取引される。
ヤビカ・カビニェの経営するカビニェ宝石店は、そうした店のひとつであり、悪趣味一歩手前で踏みとどまっている豪華な看板と、品質の確かさにおいては人々のよく知るところだった。
その応接室で、グァコ・カビニェはひとりの女と相対していた。
グァコは店の専属鑑定士であり、目利きとしての才を買われてヤビカの娘婿となった男である。
彼の目の前には、ひと抱えほどもある革製の鞄が置かれていた。
女が持ち込んだものである。
「では、ご確認を」
女が鞄の口をあけ、ごろりとこぼれ出た中身を手のひらで受けとめる。
とたんにグァコの目が輝き、よだれを垂らさんばかりの顔つきになった。
「いかがでしょう?」
「これは……これは……素晴らしい……っ!」
女から受け取った石を、グァコはあらゆる角度から検分した。
しかし、その興奮ぶりからは、真贋をたしかめるというより、石の美しさをあまさず味わうためとしか思えない。
「これほどの逸品を、どうやって?」
「ふふ……お答えいたしかねます。ご理解ください」
「これと同等の品質のものが、その……」
「ええ。この鞄いっぱいに」
女が自信たっぷりにうなずき、尻を押すように鞄をグァコのほうへと動かした。
ごくり――と、グァコがのどを鳴らし、女の気が変わるのを恐れるように、あたふたと傍らの部下に命じた。
「すぐに、契約書を!」
「お買い上げ、ありがとうございます」
女が嫣然と微笑んだ。
宝石店をあとにしたゼラーナは、足早に雑踏を目指した。
人ごみに紛れ、追跡者がないのを確認すると、マフラーで口許を覆った。
そうしないと、ニヤけた笑いを人に見られてしまうからだ。
(よし! よーしよしよしよしよし!)
いま、ゼラーナの持っている鞄の中は、グァコから受け取った金塊で占められている。
一方で、彼女が売り渡したのは、すべて適当に拾った‟ただの石”だった。
正真正銘。
掛け値なし。
文字通り、路傍の石。
だが、いましばらく――あらゆる人間の目に、それは宝の山と映るだろう。
ゼラーナが安全圏まで移動し、能力を解除するまでは。
豺狼洞穴の深部に鎮座する魔石〈天啓の詞《フルール・クルーレ》〉――全財産をはたいて石にふれる権利を買い、彼女はその能力を手に入れた。
希少性を思うがままに操り、ゴミを至宝と、紙くずを札束と錯覚させる。
彼女は彼女自身を、こう呼んでいた。
希少性操作能力者《アリフレイター》――と。