『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・14
ギヨティーネ勢の士気は高かった。
襲撃日時を予告するなどという「なめくさった」態度をぶつけられたため、一気に噴きあがったのである。
幹部クラスの内通者も出たものの、彼らは皆急速な組織の拡大により、おこぼれ的に幹部の椅子を手に入れた新参者だった。
古参の構成員からすればいてもいなくても同じ、むしろ戦いが始まる前に裏切ってくれて助かったとさえ思われている。
残ったのは、本当に信頼できる仲間のみ。
元より兵隊一人ひとりの精強ぶりは格上の組織にも劣らないという自負もあった。
当主ロド・ギヨティーネが心血を注ぎ、要塞並みの防御力を誇る邸宅に百人あまりが立て籠もり、外にも遊撃部隊がいくつか配置されていた。
「来るなら来やがれ!」
「おうよ! メタメタに斬り刻んでやんぜ!」
彼らが勇ましく吼えているところへ、見張り役の若手構成員から報告がもたらされた。
「モールソンの奴らが動き出しました。なんだか、妙なことをやっています」
「なんだと?」
何人かがカーテンの隙間から外を窺う。
邸の正面。
二階建ての建物の屋上に、イグラッド・モールソンの姿が見えた。
猿人《エイブン》の大男は、自分の身体の倍はありそうな大岩を担ぎ、じりじりと屋上の縁に近づいていく。
「まさか、アレをぶん投げようってのか?」
「いやいや。いくらモールソンの三男坊が怪力だからって、あの距離から届くわけないだろ」
せせら笑いが各所から漏れた。
だが、どれも弱々しい。ならばなにをするつもりなのか、という不安に皆がとらわれていた。
おおっ、という声が響いた。
モールソンが叫んだのだ。見た目通り声も大きい。
彼の持ち上げていた大岩が、屋上から投げ落とされた。
しかし、それはまっすぐ地面に落下することはなかった。
空中でなにかに接触し、なんとギヨティーネ邸の方向へと転がりだしたのである。
「な、なにーッ!!」
見えない坂道を転がり落ちるように、みるみる岩は迫ってくる。
そして、門のすぐ手前まで来たところで、高々と空中に跳ね上がった。
「着弾確認!」
鼬人《ウィゼリア》の少年ニッカが、仲間の方を振り返って手を振った。
岩が行った奇妙な軌道は、彼の能力によるものだ。
空気の壁を作る――その応用で、イグラッドのいる場所からギヨティーネ邸の手前まで、見えないジャンプ台をこしらえたのである。
正面玄関後ろに築かれたバリケード、さらにはそこに配置された人員約二十人。
すべて諸共に粉砕された。
「よおし! 野郎ども、突撃するぞ!」
「はい!」
「我らモンモン!」
「「「モールソン!!」」」
ふざけたかけ声だが、血に飢えたけだものの群れがこれを叫んで突っ込んでくる様は恐怖以外の何物でもない。
イグラッド・モールソンが先頭を切り、すぐ脇にショウジョウ・バキタがつく。
ラムダ・チームも遅れじと後に続いた。
即死を免れ、よろよろとまろび出たギヨティーネの構成員が、イグラッドの棍棒による一撃で木っ端のように吹っ飛ぶ。
「邪魔だ、雑魚ども。道をあけぇい!」
イグラッドはバリケードの残骸を蹴倒し、おっとり刀で駆けつけた連中も、ハエでも追い払うように薙ぎ払っていった。
最初の奇襲が終わったら、後は単純な力攻め。
それ以上複雑な作戦を提案されてもイグラッドは理解できなかっただろうし、理解するつもりのなかっただろう。
だが、より有効な戦術も、おそらくなかったに違いない。
混乱したギヨティーネ勢は体勢を立て直すいとまもなく、雪崩れ込んできたモールソン勢に次々討ち取られていく。
大将イグラッドの暴れっぷりも凄まじかったが、ラムダ・チームの働きも目覚ましかった。
ラムダが炎の剣を縦横に振るって立ち塞がる敵を斬り払い、ミツカが後方から分銅付きの鎖で援護する。
ニッカとサタロも空気の壁とぬかるみを作る能力を活かして敵の動きを遅滞させた。
「おお、小僧どももなかなかやるじゃあないか」
年少組の奮戦を横目でうかがいつつ、イグラッドが喜色を浮かべた。
「ええ。ラムダは評判通りとして、鎖使いの娘もいい動きをしておりますな」
そううなずくバキタは愛刀大鴉を封印し、今日は一対の短刀小鴉で戦っていた。屋内戦闘で長物は不利という判断からだ。
短い得物だからといって、技の冴えは衰えない。
イグラッドに気持ちよく暴れさせながら、仕留めそこなった敵や横合いから襲ってくる者を的確な動きで次々と屠っていく。
「だ、駄目だ。もうもたねえ!」
「モールソン……これほどとは!」
戦闘開始から数分。
早くも形勢は定まったかに見えていた。
「早すぎんか?」
ロド・ギヨティーネは呻いた。
ふだんぴっちりと撫でつけられている頭髪はあちこち乱れ、目の下には濃い隈が浮かんでいた。
新興組織の長としてのし上がり、あらゆる手段で敵対勢力の縄張りを侵食していった野心家が、いまは見る影もない。
彼は有能でしたたかだったが、急速に拡大する組織に自身の経験が追いつかず、土壇場で腰が据わらないという弱点が露呈していた。
(やはり天下は取れんか)
ボスの醜態を横目で見やり、ファビリオ・ラ=ミナエは冷ややかに評した。
それでも部下たちの手前、最低限の虚勢は張れているだけ立派というべきか。
いずれにせよ、ギヨティーネは終わりだ。
ラ=ミナエにしてみれば、それなりに愉しめたので文句はないが。
「逃げましょう」
意見を求められたので、ラ=ミナエは答えた。
「なんだと。私は勝つ方法を訊いたのだ」
「初手で後れを取り、挽回は困難かと。それよりも、いったん安全なところへ逃れ、態勢を立て直すほうが芽があるでしょう」
戦いの専門家であるラ=ミナエが慎重論を唱えたことで、いよいよ事態は切羽詰まっているのだという空気が支配的になった。
「裏口付近は道も複雑で、包囲に穴が見られます」
「わ……わかった、脱出する。貴様は最後まで、私を守ってくれるな?」
「はい。ただし、お側でというわけには参りません」
「なんだと……?」
「殿《しんがり》を。ボスが無事脱出するまで、私が敵を食い止めます」
「しかし、それでは確実に死ぬぞ」
「傭兵の意地というやつです」
ラ=ミナエの言葉に、ロドは感激したように身を震わせた。
だが、彼は勘違いしている。
危険な役を買って出たのは忠誠心からなどではない。
ラ=ミナエは、表情を抑えるのに必死だった。
ワクワクが止まらない。
強者を相手に、ヒリつくような命のやりとりをするのが楽しみでしかたなかった。