『アンチヒーローズ・ウォー』 第二章・4
研究所には現在、三つの研究室がある。
ボガート・ラボ、セルキー・ラボ、そして“アトリエ”ことケット・シー・ラボである。
ふざけているとしか思えない、トンデモ怪人ばかり作っているセルキー・ラボは別として、ボガード・ラボとケット・シー・ラボは長同士がはっきりとライバル関係にあり、その意識はなんとはなしに、それぞれのラボ出身の怪人《ノワール》たちにも共有されている。
つまり、今日の訓練はラボ間の対抗戦であり、血の気の多いシャーリーにとっては「滾る」シチュエーションそのものだった。
「ひゃっはー! っしゃオラァ!」
シャーリーの主武装は、皮膚の下に仕込まれた無数のカミソリだ。
特殊合金製の刃は斬撃攻撃の他、殴ってきた相手にカウンターとして突き立てることもできるし、皮下で寝かせた状態なら装甲としても機能する。
攻防一体の武装であり、応用も効く。
大雑把に物事をとらえつつ、細かいところが気になりがちな自分には合っていると、シュガーは考えている。
ゾルダの動きは鈍重だ。
突進攻撃をかわしつつ、近距離から斬撃を浴びせる。
硬い。
わずかに装甲の表面を削っている手応えはあるが、一撃でブチ抜くのは無理そうだ。
ならば、手数で押すか、大きな動きを誘って関節の隙間を狙うかだが……。
「おっと」
シャーリーが身を屈めると、毒針つきの尾が頭上を通過していった。
暴風のような攻撃は、見切るのはさほど難しくないにしろ、喰らったら無傷では済むまい。
根競べは、あまり好みの展開とはいえない。
(ああ、クソッ。一撃必殺の大火力技とかありゃあよォ……ッ!)
閉じた状態でもシャーリーの頭より大きい、ハサミによる連続突き。
巧みにかわし、距離を取ったところで背後からの熱を感じた。
松明――まだ残っていたそれの射線上に追い込まれていたのか。
火球の直撃を受ける。カミソリの装甲で致命傷には至らないが、足は止まった。
すかさず駆け寄ってくるゾルダ。防御のために上げた両腕をつかまれた。
「このまま握りつぶしてやるぜェ!」
ゾルダが残忍な笑みを浮かべたのが、装甲ごしにもわかった。
シュガーは迎撃の態勢を取った。
ユリーはまっすぐ突っ込んでくる。
正々堂々?
いや、そんなはずはない――思った瞬間、床に沈み込むようにユリーの姿が消えた。
床や壁、天井を蹴る音。高速の移動に合わせて景色に溶け込むよう体色を変化させているのか。
殺気。あえて腕で受けず、攻撃が当たるにまかせた。
体表を鎧のように硬化させれば、この程度の斬撃は通らない。
ダメージを与えられなかったことに動揺したのか、一瞬だけ、ユリーの輪郭が浮かび上がる。
首を狙って手刀を放つ。もちろんただの手刀ではなく、腕を本物の刀に変化させている。
ユリーは小太刀で受けた。
「なるほど。武器を置いてきたのは判断ミスかと思ったけど、この能力なら不都合はないってわけだ」
「そゆこと」
実際はデメリットもあるのだが、わざわざ教えてやることもない。
すかさず連撃を叩き込んだが、ユリーは素早く後退し、ふたたび姿を消した。
嫌な感じだ。
シャーリーが追いついてこないということは、おそらくもう一人と接敵している。
タイマンが二組というのは悪くない状況にも思えるが、ゾルダがシャーリーが相性的に苦手とする怪人《ノワール》だったとしたらどうか?
ユリーが移動する物音は聞こえない。
じっとしているのか、ゆっくり移動しているのか。
それとも、すでに立ち去っているとか?
ともかくも、ここでシュガーが足止めを食っているという状況がよくない気がした。
右腕を蛇腹剣に変え、周囲を薙いだ。手応えなし。
腕を動かし続けて回転を維持しつつ、入口へ向かう。
邪魔は入らない。やはり、立ち去った後だったか。
ならば、急がなければ。
シャーリーの強さを信じないわけではないが、ニ対一では分が悪い。