『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・15

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 ニーニヤとウィルはまず、怪死事件の情報をもたらした人物を訪ねた。
 改めて話を確認し、新たな情報がないか引き出す――その犬人《ドギーム》の男は、根っから野次馬根性の持ち主らしく、見聞きしたことを喜々として語ってくれた。

「やはり、一連の殺しは同一犯と見て間違いなさそうだね。次の事件までの間隔が、徐々に短くなっている点についての見解は?」
「オレが思うに、犯人は殺しを愉しんでる……っつうか、中毒になってやがんのさ。まるでクスリでもキメるみてえに、我慢が利かなくてヤっちまう」
「過去にも似たような事件はあったのかい?」

 メモを取りながらニーニヤが訊ねる。

「ああ。よくよく調べてみたら、半年くらい前から同様の手口の死人は出てたみてえだ。もっとも、その頃は誰かがすぐに死体を回収してたらしくてな」
「誰かというのは?」
「さあなあ。そこまではわかんねえや」

 その後は、被害者の発見された現場を順にまわって聞き込みをしていった。
 どの現場も裏道や入り組んだ路地の先にあり、人目につきづらい。
 薄暗く、不潔で、多少物音をたてても誰も気にしない。
 そんな場所に恐れげもなく踏み込んでいくニーニヤに、護衛であるウィルは肝を冷やさざるを得なかった。
 人を捕まえて話を聞いているあいだも常に周囲を警戒し、いつでも剣を抜けるようにしていた。
 あんな態度を取られたからといって、自分の仕事を放棄するわけにはいかないのだ。

「ふむ。なるほどね」

 三カ所目での聞き込みの最中、ニーニヤが得心したようにほくそ笑んだ。

「なんかわかったのか?」
「三人目の被害者であるダイアさんは、ここら一帯の商店の顔役みたいなことをやってた女傑だそうだ。そういう人物なら、当然ここを縄張りとするモールソン一家とも繋がりがある」
「顔が利いたってこと?」
「それどころか、ほとんど幹部扱いだったそうだよ。商家と裏稼業、持ちつ持たれつというやつだ」

 で――と、ニーニヤは人さし指を立てる。

「先の二人の被害者も表向きは堅気だが、やはりモールソンと関係のある人物だった。思うに、過去の事件で死体を回収していたというのはモールソンだろう」
「なんのために?」
「身内をいいようにされていると知られたくなかったのさ」

 ウィルの脳裏にミツカと会話が蘇った。
 大きな出入り。
 モールソンと敵対する組織が、関係者を殺して回った?

「通り魔的な犯行じゃないってことか」
「挑発行為――まあ、‟趣味と実益を兼ねている”、という匂いはするが」
「それって、おれたちもヤバいんじゃあないのか?」

 標的がはっきりしているなら、まだしも救いがあると思いたいが、異常者の分別に期待するのはぞっとしない話だ。

「最近になって死体が出始めたのは、回収が追いつかなくなったか、はたまた隠す必要がなくなったか」
「愉しんでやがんのかよ。ほん……っと、わかんねーよな。お前の頭ン中は!」

 危機感と苛立ちから、ウィルの語気は荒くなった。

「おや。キミは謎を前にして心が躍らないのかい?」
「ああ、そうだよ! まさにそういうタイプの人間に振り回されてるからな!」

 わからないのは、いくらウィルが反対しても、ニーニヤが「ならキミだけ帰れ」とは言い出さないところだった。
 危険なダンジョンだろうと、未知の世界だろうと、とことんまでウィルを巻き込み、つきあわせる。
 まさか「ウィルが死んでもいい」などという生易しいものではなく、積極的に「死ねばいい」とでも思っているのか。

「ニーニヤ。ムダだとは思うけど、もう一度いうぞ――帰らないか?」
「断る」

 わかってはいたが、即答だった。

「なんで、そこまで……」
「いよいよもって、興味が出てきた。おぼろげながら、輪郭が見えつつあるこの犯人にね! いったいなにが彼、あるいは彼女を駆り立てる? そいつの見ている景色とはいかなるものなのか? 知りたい、ボクは知りたい!」

 ぞくり、と背筋が寒くなった。
 それをいうならニーニヤこそだ。
 いったいなにが、彼女を駆り立て、突き動かしている?
 彼女の見ているもの、目指す先とはいったいなんだ?
 果たしてそれは本当に、ニーニヤ自身の意思なのか?
 ウィルはそっと、視線を彼女の背負っている‟もの”に移した。
〈億万の書《イル・ビリオーネ》〉――万象を記す書。
 その継承者は例外なく、異常とも思えるほどの好奇心の持ち主だったと聞く。
 ウィルがいままでニーニヤ・レアハルテだと思っていた‟もの”は、本当に彼女だったのだろうか?



 ゆらり、といったようすで、唐突に女は現れた。
 総崩れとなる寸前でかろうじて踏みとどまる味方の後方から、散歩でもするような足取りでひとり進み出る。
 石の床をブーツが叩く、かつ、かつ、という音が鳴りやんだかと思うと、彼女は担いでいた剣を床に突き立てた。

「なんだァ、テメェは?」

 三下じみた台詞を発したのは、モールソン勢を率いるイグラッドだった。

「私はファビリオ・ラ=ミナエ。ロド・ギヨティーネの食客だ」
「山羊人《ガラドリン》かァ。俺が乗っても壊れねえくらいにゃ頑丈そうだ」

 イグラッドは狂暴な笑みを浮かべたが、瞳にはいくぶん冷静さがもどっている。
 だが、相手を戦士として値踏みしながらも、染みつく下卑た心根が漏れ出してしまう。

「ここから先へはいかせない」
「健気だねえ。主人が逃げるまでの時間稼ぎか」

 ラ=ミナエは答えず、右手で剣を引き抜き、水平に構えた。
 イグラッドがあごをしゃくると、直属の手下である猿人《エイブン》たちが進み出て、ラ=ミナエに斬りかかった。
 右から二人。左から二人。
 それぞれが狙いを定め、得物を振りかぶった瞬間、ラ=ミナエの身体が床に沈んだように見えた。

「なっ」

 イグラッドが驚愕に呻いた。
 姿勢を低くし、前方に駆け抜けながら、ラ=ミナエは恐るべき速度で剣を振り抜いていた。
 四人の猿人《エイブン》は、おそらく自分の身になにが起きたのか認識する前に、上半身と下半身を分断されていた。
 血と内臓が床に降り注ぐ。
 イグラッドが怒りの咆哮をあげた。

「このクソアマがァッ!! ブッ殺すッ!!」
「坊、落ち着きなせえ」
「止めるなバキタぁ!!」

 棍棒を振り上げ、イグラッドが突進した。
 モールソン一家では、豺狼洞穴に祀られる〈天啓の詞《フルール・クルーレ》〉を詣でることが、一種の通過儀礼になっている。
 その例に漏れず、イグラッドもまた〈天啓の詞《フルール・クルーレ》〉にふれ、特殊能力者《フルーリアン》となっていた。
 彼の能力は至極単純。
 筋力を爆発的に強化する。
 棍棒による一撃を受けた石の床が、隕石に直撃されたかのように陥没した。
 彼の振るう棍棒も、その怪力に耐えられる特別製なのだ。
 横に跳んで回避したラ=ミナエが、脚を狙って剣を振るう。イグラッドは巨体に似合わぬ敏捷な足さばきで間合いを外し、棍棒で刃を受け止めた。
 力比べとなれば、圧倒的にイグラッドに分がある。
 そのまま押し込もうと、イグラッドが棍棒を片手持ちから両手持ちに変える――同時に、ラ=ミナエが奇妙な動きを見せた。
 空いている左手で撫でるように、棍棒を握るイグラッドの右手にふれたのである。

「うおっ!?」

 青白い光が舞った。
 蝶――
 燐光を帯びて輝く蝶が、イグラッドの右手から湧き出す。
 イグラッドは棍棒を取り落とした。驚いたためではなく、把持する力がなくなったような落とし方だった。
 ラ=ミナエが剣を突き込もうと腕を引く。驚愕から立ち直ったイグラッドが、膝で剣身を跳ね上げた。

「この蝶……! そうか、ウチのモンを殺して回ってたのはテメェか!」

 距離を取りつつ、イグラッドは左手で右手首をさすった。
 ラ=ミナエにふれられた箇所には、蝶のかたちをした痣がいくつも浮き出ていた。
 イグラッドの言葉を肯定するように、ラ=ミナエがニタリと笑う。

「妙な痣がやたらと出ている以外、死体に外傷はありやせんでした。コイツはおそらく、ふれた者の生気を蝶のかたちにして奪うフルーリアンかと」
「そうかい。けど、手は出すんじゃねえぞ、バキタぁ。コイツは俺が殺る」
「なりません。危険な相手です、坊!」
「このイグラッド・モールソンに指図するんじゃあねえ!!」

 イグラッドがラ=ミナエに向かって突進する。
 右手が動かないので三足による走行だったが、それでも進路にあるすべてを轢き潰さんばかりの凄まじい勢いだった。
 臆せず身構えるラ=ミナエに対し、丸太のような左腕が振るわれる。
 ラ=ミナエは身を低くしてかわすが、これは囮。腕を振る勢いを利用してイグラッドは身体を捻り、大砲並みのドロップキックを繰り出した。
 女性としては体格のいいラ=ミナエが軽々と吹っ飛ぶ。
 だが、こちらも空中で態勢をコントロールし、飛ばされた先の壁に両足を着いたのち、その足をのばして前転。何事もなかったように剣を構え、駆け出した。
 イグラッドが舌打ちする。こちらは片膝をついたまま起きあがれないでいた。
 蹴りが命中する瞬間、ラ=ミナエの手にふれられていたのだ。
 ラ=ミナエがひと息に距離を詰め、跳躍する。イグラッドの頸を狙い、横薙ぎの一撃。動けないイグラッドは、その光景を歯ぎしりして見つめた。


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