『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・16

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 ファルタン・モールソンの三人の息子は問題児ばかりだった。
 長男ザッドは頭は切れるが人望がなく、次男グラッド乱暴者、三男イグラッドは次男に輪をかけて乱暴で、あちこちでトラブルを引き起こしていた。
 ザッドからははっきりと嫌われていたイグラッドだったが、出来の悪い子ほどかわいいファルタンや、性格が似ているグラッドからは好かれていた。
 何度やらかしても父親と次兄が庇ってくれるので、ますますイグラッドは増長した。
 賢いがゆえに組織運営の負担がもっとも重くのしかかってくるザッドにとっては、頭痛の種であった。
 ギヨティーネとの決戦にあたり、一番手柄というわかりやすい飴をザッドが用意したのは、直属の部下だけを率いて戦ったイグラッドが、あわよくば戦死してくれないかと願ったからでもある。
 罪をでっちあげて処罰したり、謀殺したりするよりも、そのほうがずっと丸く収まる。
 命までは落とさずとも、後遺症が残るような傷を負うのでもよい。
 その後は、弟を気遣うポーズを取りつつ前線から遠ざけ、手持ちの駒を奪っていく。
 すでにイグラッドの手下の何人かとは、それとなくよしみを通じてある。
 祖父が築き、父が大きくしたモールソン一家を、本当の意味で担っているのは己なのだと、ザッドは強烈に自覚していた。




 ラ=ミナエが剣を振り抜いた。
 その身体が大きく泳ぐ。
 刎ねるべきイグラッドの頸が、突如として消失したためだった。
 山羊人《ガラドリン》の女は、見ひらいた目を下方に向けた。
 そこにいたのは人族の少女――ミツカだ。
 彼女のフルーリアンとしての能力は、紐状のもので結んだ対象と、自らの位置を強制的に入れ替えるというものである。
 ミツカとイグラッドの体格差により、頸部を狙ったラ=ミナエ攻撃は空振りとなった。

「バキタさん、イグラッドさんを頼みます!」

 イグラッドの足首に巻きつけていた鎖を解き、間髪を置かず攻撃に移る。
 ミツカの左右の手の先で鉄鎖が螺旋を描いたかと思うと、先端の分銅が予備動作なしにラ=ミナエに飛んだ。
 着地した直後の不完全な体勢だったラ=ミナエは、剣で防ぐのがやっとだった。ここぞとばかりに、ミツカは連続で攻撃を繰り出す。

「放せッ! 俺はまだ戦える!」

 なおも敵に向かっていこうとするイグラッドを、バキタが制止した。

「落ち着きなせい、坊。ここは退くべきです」
「なんだと!? この俺に逃げろというのか。ふざけるな、そんなことをしたら兄ィたちに笑われる!」
「いいえ。勢子としての役目は充分果たしました。深追いして手下を死なせたら、それこそ物笑いの種です」
「む……むう」

 怒りに我を忘れかけていたイグラッドだったが、バキタになだめられ、渋々ながらうなずいた。

「おっと。逃がさないよ」

 ラ=ミナエは鉄鎖による激しい攻撃をかいくぐり、バキタに肩を借りて邸内から離脱しようとしているイグラッドに迫った。
 すかさず、割って入ったのはラムダである。
 炎の剣を左右に振り、迂回されぬよう火を放って進路を狭める。
 必然、ラ=ミナエはラムダにまっすぐ向かってくることになるが、その足をサタロのぬかるみがとらえた。
 ラムダが斬りかかる。大上段からの斬撃を、ラ=ミナエは剣で受け止めるが、炎そのものである剣身が生物のようにうねって彼女の左目を狙った。
 首を捻って回避したラ=ミナエは、前蹴りでラムダを突き放し、なおもイグラッドを追おうとする。だが、今度はニッカの作った空気の壁に阻まれた。

「思ったより部下に恵まれているな」

 敵からの賞賛の言葉に、ニッカとサタロはニヤリと笑った。
 その間に、イグラッドの姿は邸の正門辺りまで遠ざかっている。

「……さっき、勢子とかいっていたな。なるほど、わざと包囲の一部を手薄にし、ボスがそこから逃げるよう仕向けたわけか」
「いまさらそれに気づいてどうする」

 ラムダとミツカが、じわりとラ=ミナエとの距離を詰めた。

「知れたこと。いちばんでかい獲物がそこにいるというのなら、狩りにいくまでよ」
「させると思うのか?」
「さあ? すくなくともアンタからは、死んでも私を止めようって気概が感じられないけどね」
「なんだと――」

 ラムダがいい終えるより早く、ラ=ミナエは彼の懐に飛び込んだ。
 その距離では、互いに剣は振るえない。だが、ラ=ミナエには生気を奪う‟手”がある。
 突き出された手のひらを見て、ラムダは目を剥いた。
 ふれられたら死ぬかもしれない――その恐れが過剰ともいえる回避行動に結びついたのか、身体を反らせ、大きくあとずさりしたラムダは、バランスを崩して尻もちをついてしまう。
 倒れたラムダを捨て置いて、ラ=ミナエは一気にその横を駆け抜けた。慌ててミツカが鉄鎖を飛ばすが間に合わない。
 奥の通路に姿を消したラ=ミナエを見送ったラムダは、悔しげにこぶしを床に叩きつけた。

「くそッ! なんてザマだ」

 転倒したときにくじいたらしく、ラムダは足首をおさえていた。

「どうしよう……」

 ミツカはおろおろと、通路とラムダとを見比べた。

「いけ! ザッドさんかグラッドさんに報せるんだ」
「でも、いまからじゃあ、あの人より先に着くのは……」
「それでもいい。多少の犠牲は出るかもしれないが、能力さえ割れていれば、グラッドさんと最強のヒババンゴ隊が負けるはずがない」
「わ、わかった」

 悲愴な表情でミツカはうなずき、ラ=ミナエの後を追った。


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