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小説

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異形ひしめく船上都市での群像劇『バラックシップ流離譚』他連載中
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#短編小説

勝手にルーンナイツストーリー 『啓蟄』

プレイ日記 プロローグへ
『盤上の夢』前編へ

 生まれる前から背負わされていた。
 かくあるべしと定められていた。
 この――掌中にある短剣《ダガー》と同じだ。
 ある目的のために考案され、そこに向かって鍛えあげられた。
 打たれ、研がれ、磨かれ続けたふたつの道具は。
 異物であった魂同士は。
 いつしか溶け合いひとつとなった。
 己の意思と感覚が、鋭くとがった先端にまで伝わっている。
 獲物の

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勝手にルーンナイツストーリー 『盤上の夢』前編

プレイ日記 プロローグへ
『Chase! Chase! Chase!』へ

「ねえねえエルザお姉ちゃん」

 執務室の机にあごを載せた体勢で、シュガーが話しかけてきた。
 眉間にしわをよせて書類と睨み合っていたエルザは、顔をあげると同時にため息をついた。

「シュガー。仕事中は騒がしくしないでっていってるでしょ」
「根の詰めすぎはよくないよー。お姉ちゃんが倒れたら、共和国軍はお終いなんだから。ほら

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・5

この話の1へ
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 ひと息に吐き出した。
 肺が空になるほどに。
 その後の沈黙が、妙に恐ろしかった。
 バレても構わない。そうなったら出ていけばいいだけ――
 シャービィ自身、ずっとそう思っていた。
 だが、いまは?
 胸は苦しく、にぎったこぶしは震えている。
 マキトは大きく目を見開き、ぽかんと口をあけていた。
 無理もない。
 ほとんどの住人にとって、正規クルーはなじみがなく、不気味

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・4

この話の1へ
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〈幽霊船〉に住む竜族といえば、人のような竜――人竜族《ツイニーク》と、竜のような人――竜人族《フォニーク》がその代表だ。
 本来群れることが嫌いな彼らだが、船内では〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉なる集団を形成し、最強勢力の一角を担っている。
 竜たちにとって鬼とはなんなのか。
 なぜそう呼ばれるようになったのか。
 そこまでは〈億万の書《イル・ビリオーネ》〉にも書いていな

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・3

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「お姉ちゃん、ここのエライ人と知り合いだったの?」

 ひそひそとマキトが訊ねた。

「偉いかどうかは微妙だけど、すごい人ではあるかもね、いちおう。あと、知り合いってのも微妙。向こうはたぶん、会ってもわかんなそうだし」
「なにそれ、大丈夫なの?」

 少年の不安顔は見ていて飽きないので、シャービィはだんまりを決め込んだ。
 それに、わざわざ説明するのも面倒くさい。

「こ

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・2

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「マキト。よくわからんもんに、うかつにさわったらダメだよ」
「お姉ちゃんにいわれたくないんだけど……」

 真顔で諭すと、マキトに呆れ顔で返された。

「これまで、私以外にこの生き物が見える人に会った?」
「お姉ちゃんが初めてだね」

 マキトがふるふると首を振る。

「でも、私は見えるだけでさわれない。マキトだけがコイツを捕まえることができる……と。ねえ、ほんとにさわってもなんともな

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・1

序文へ

「ヤバい。ダルい」

 シャービィ・グランソールは、埃っぽい部屋の底で呻いた。
 睡眠欲を満たせるだけ満たしたはずなのに、爽やかさは皆無だった。
 雑然とした室内に、窓から入る光が差している。
 脱ぎ散らかされた衣服、食べ物の包み紙、読みかけで放置された本。
 住居というよりは、巣と呼んだほうがふさわしい惨状である。
 いったいいつから、こんなふうになってしまったのだろう。
 昔はもうち

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勝手にルーンナイツストーリー 『Chase! Chase! Chase!』

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『灰よりふたたび』へ

 マナ・サリージア法王国の都市、ベスティリス。
 ミレルバ諸島連邦との国境にほど近く、平時にはポートサイドから流入する物資や人を送り出す中継地点となり、戦時には首都ザイの東の守りを固める重要拠点となる。
 人の入れ替わりも激しいが、留まる者もまた多く、常に賑わいを見せる大都市――その裏道を、一人の男が必死の形相で走っていた。

「はぁっ、はぁっ……

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勝手にルーンナイツストーリー 『灰よりふたたび』

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『ザイに吹く風』へ

 ため息が出る。
 キャンバスを前に、朝から座り続けていたが、いっこうに筆が動く気配はなかった。
 まっさらな、乾いた布地。
 まるで私の心のようだ――ティルダは口許に自嘲の笑みを浮かべた。
 布地ごしに見えるのは、失った輝き。
 いまはもう手の届かない、愛した獣たちと過ごした日々。
 あの頃は、なにもかもが美しいと思えていたのに。

 おなじ姿勢を

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勝手にルーンナイツストーリー 『ザイに吹く風』

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『黒血の拳』へ

 黒い点――列を成し、地面を這いまわっている。
 広場の石畳が尽きる土の上を。
 陽に灼かれても。風に吹かれても。
 飽くことなく。倦むことなく。
 なにかに突き動かされるように、この生き物――アリたちは、ただひたすらに進み続ける。
 屈んで眺めていたルドは、なんとはなしに、石を手に取った。
 子供の手のひらには収まりきらないほどの大きな石だ。
 それを

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勝手にルーンナイツストーリー 『黒血の拳』

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プレイ日記 第12話へ

 十数年ぶりに訪れた故郷の村は、記憶にあったそれよりも、はるかに小さく、侘しく、煤けて見えた。
 帰ってみようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。
 任務で傷を負い、静養するよう言い渡され、するべきことも特になかったせいでもある。

「おお、おお! よくぞお越しくださいました――いえ、お戻りになりましたというべきですな、ラーゴ殿」

 出迎えてく

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『バラックシップ流離譚』 見習い魔女さんはトカゲ男に恋をする・5

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密会
「待たせたカ?」

 待ち合わせにこのカフェを指定した二人は、すでに席に着いていた。
 注文も済ませており、テーブルには飲み物と菓子が並んでいる。

「大丈夫。先に来てダベってただけだから」
「はじめまして、ですね。私はリーサ。こっちの猿みたいなのがラキ」
「てめっ、なんだよその紹介は!」

 彼女たちの名は、フィリアから聞いて知っていた。
 ただ、顔がわからないの

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『バラックシップ流離譚』 見習い魔女さんはトカゲ男に恋をする・4

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違和感
 緊急事態です。
 ザーフィ君が。ザーフィ君のようすが。
 なんだかおかしいのです。
 具体的になにかある、というのではないのですが、私にはわかります。
 これは女の勘……いいえ、それよりももっと特別な、恋人ゆえの直感というものでしょう。
 表面上、彼はいつもどおりにふるまっていますし、私への気遣い、優しいところなんかも変わっていません。
 でも、そこが逆にひっか

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『バラックシップ流離譚』 アリフレイター・5

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 妙な気分だった。
 アステラと名乗った女の顔が脳裏から離れない。
 たしかに人目を惹く容姿ではあったが、美しいというだけでは説明がつかなかった。
 思わず見惚れるほどの完璧な所作。
 いまひとつ意図の読めない言動。
 探りを入れようと踏み込んでも、慇懃に、しかしきっぱりと示された拒絶。
 トブラックの社員が、ゼラーナの通う店に、鑑定を依頼しに訪れた――そこに、怪しいと言

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