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小説

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異形ひしめく船上都市での群像劇『バラックシップ流離譚』他連載中
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#小説

勝手にルーンナイツストーリー 『啓蟄』

プレイ日記 プロローグへ
『盤上の夢』前編へ

 生まれる前から背負わされていた。
 かくあるべしと定められていた。
 この――掌中にある短剣《ダガー》と同じだ。
 ある目的のために考案され、そこに向かって鍛えあげられた。
 打たれ、研がれ、磨かれ続けたふたつの道具は。
 異物であった魂同士は。
 いつしか溶け合いひとつとなった。
 己の意思と感覚が、鋭くとがった先端にまで伝わっている。
 獲物の

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勝手にルーンナイツストーリー 『盤上の夢』前編

プレイ日記 プロローグへ
『Chase! Chase! Chase!』へ

「ねえねえエルザお姉ちゃん」

 執務室の机にあごを載せた体勢で、シュガーが話しかけてきた。
 眉間にしわをよせて書類と睨み合っていたエルザは、顔をあげると同時にため息をついた。

「シュガー。仕事中は騒がしくしないでっていってるでしょ」
「根の詰めすぎはよくないよー。お姉ちゃんが倒れたら、共和国軍はお終いなんだから。ほら

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・24

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〈図書館〉の中庭には、来館客にほとんど知られていない一画がある。
 真ん中に白いテーブルがひとつ置かれ、周囲の芝生も木々も手入れが行き届いている。
 外からの喧噪は届かず、小鳥のさえずりや虫の声が聞こえてくるだけの穏やかな空間。
 利用できる者はごく限られており、それ以外の人間が訪れることはほとんどない。
 そんな場所に、ふたつの人影があった。
 ひとりは特別客員司書ニー

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・23

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 ぐわん、ぐわん、と割れ鐘のような音が脳髄を揺らした。
 意識の糸が、いまにもぷつんと切れそうになる。
 それでも、まだ。
 生きている。かろうじてガードが間に合った。
 籠手がひしゃげ、右腕に信じられないほどの熱さを感じた。
 おそらく折れている。指をちょっと動かすだけで激痛が走った。
 だが、おかげで気を失わずに済んだ。

「レムトの剣技は我流だが、基本の型は正統の流

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・22

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「もう来たのか」

 ニーニヤは忌々し気にくちびるを歪めた。

「まさか、ミツカはやられたのか?」
「確認するかい? キミのお友達が、ドアをぶち破って他人の家にあがり込むタイプなら必要かもだけど」
「逃げるぞ!」

 ふたりは窓から飛び出した。
 破壊音は止まない。
 間違いなく、ラ=ミナエは追ってきている。

「逃げ切れると思うかい?」
「難しいな。それに、この場はしの

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・21

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 ドアをあけると暗い廊下が奥に続いていた。
 呼びかけたが返事はない。

「うむ。どうやら留守のようだね」
「いや。いやいやいやいや」

 ウィルは首を横に振った。

「そんな小声で聞こえるかよ」
「大声を出したら彼女《ラ=ミナエ》に見つかるだろう? それに、この辺の住人はとっくにどこかへ避難しているよ」
「たしかにそうだけど……」

 ウィルは痛みに顔をしかめた。

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・20

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 ゆらり、ゆらり、と身体を揺らして、ラ=ミナエが近づいてくる。
 両腕もだらりと下げ、剣を引きずっている状態だったが、ウィルにあえてこちらから仕掛ける勇気はなかった。

「弟子を取った、といっていたな……張り合いがある、とも……そうか、お前か。お前だったのか」
「こいつ、レムトさんと知り合いなのか?」

 虚ろな目を宙に向け、ラ=ミナエは「ああ……」と息をついた。

「だ

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・19

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 その背中が、いまは遠く感じた。
 艶やかな黒髪を揺らし、先を往く彼女《ニーニヤ》を、いつだってウィルは、必死になって追いかけていた。
 文句をいい、無駄とわかりつつも時には叱り、危機が迫った際には前に出て庇った。
 すべては彼女のため――などというつもりはない。
 結局のところ自分のため。
 彼女を守ることで、居場所を守っていたにすぎないのだから。
 ならば、彼女がどう

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・18

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 なにかが足りないと、感じ続けていた――
 ぽっかりとあいた胸の穴。
 まるで、はじめから失われていた、大切な、たったひとつの部品《パーツ》。
 愉しいときも、苦しいときも、
 我を忘れるほど目の前にある物事に夢中になっているときさえも、
 その空白《穴》はあり続けた。
 ぼうっとしているとき。
 夜中、ふと目が覚めたとき。
 空白《穴》は忘れていた痛みを蘇らせ、しくしく

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・17

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 いつ見ても雑然として美意識の欠片もない街並みだ――と、ロド・ギヨティーネは思った。
 だが、それゆえ心に平穏をもたらし、離れがたい気持ちが湧くのもたしかである。
 そんな、勝手知ったる街の景色が、いまのロドにはまるでちがって見えた。
 幼き日に遊んだ広場。盗みを働いた店の者に追われて飛び込んだ生け垣。物心ついたときからずっとおなじ姿を晒し続けている廃屋――
 それらすべ

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・16

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 ファルタン・モールソンの三人の息子は問題児ばかりだった。
 長男ザッドは頭は切れるが人望がなく、次男グラッド乱暴者、三男イグラッドは次男に輪をかけて乱暴で、あちこちでトラブルを引き起こしていた。
 ザッドからははっきりと嫌われていたイグラッドだったが、出来の悪い子ほどかわいいファルタンや、性格が似ているグラッドからは好かれていた。
 何度やらかしても父親と次兄が庇ってく

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・15

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 ニーニヤとウィルはまず、怪死事件の情報をもたらした人物を訪ねた。
 改めて話を確認し、新たな情報がないか引き出す――その犬人《ドギーム》の男は、根っから野次馬根性の持ち主らしく、見聞きしたことを喜々として語ってくれた。

「やはり、一連の殺しは同一犯と見て間違いなさそうだね。次の事件までの間隔が、徐々に短くなっている点についての見解は?」
「オレが思うに、犯人は殺しを愉

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・14

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 ギヨティーネ勢の士気は高かった。
 襲撃日時を予告するなどという「なめくさった」態度をぶつけられたため、一気に噴きあがったのである。
 幹部クラスの内通者も出たものの、彼らは皆急速な組織の拡大により、おこぼれ的に幹部の椅子を手に入れた新参者だった。
 古参の構成員からすればいてもいなくても同じ、むしろ戦いが始まる前に裏切ってくれて助かったとさえ思われている。
 残ったの

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・13

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 居住区第七層――
 かろうじて中層に含まれ、一歩裏道に入れば多くの貧民の姿が目につく。
 船尾に近づくほど治安が悪くなるという例に漏れず、七層の後方区画も危険な場所であった。
 ギヨティーネの現当主、ロド・ギヨティーネはそこで生を受け、モールソン一家と張り合うまで組織を成長させたいまも、そこに邸を構えている。

「ゴミ溜めくせえ一帯にしちゃあ立派なモンだよなァ」

 こ

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