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小説

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異形ひしめく船上都市での群像劇『バラックシップ流離譚』他連載中
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2021年4月の記事一覧

『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・13

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 居住区第七層――
 かろうじて中層に含まれ、一歩裏道に入れば多くの貧民の姿が目につく。
 船尾に近づくほど治安が悪くなるという例に漏れず、七層の後方区画も危険な場所であった。
 ギヨティーネの現当主、ロド・ギヨティーネはそこで生を受け、モールソン一家と張り合うまで組織を成長させたいまも、そこに邸を構えている。

「ゴミ溜めくせえ一帯にしちゃあ立派なモンだよなァ」

 こ

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・12

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 いよいよ明日である。
 異世界探索に加わるため、前借りした二回分の外出許可。
 帰還後の二十一日間は、好奇心と行動力の塊であるニーニヤにとって、地獄のような時間だったらしい。

「ああ、まったく。くる日もくる日も書物とのにらめっこ。むろん読書は嫌いではないが、それだけとなると話はちがう。退屈――ああ、まさにその一語。思い出したくもない難渋の日々。砂を吐くような気分で耐え

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・11

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 闇の中、蝶が舞った。
 それと知れたのは、光を放っていたからだ。
 青白い、燐光にも似た輝き――
 酔いどれるような動きで、それでもなお上を目指し飛んでゆく。
 だが、ここは〈幽霊船〉の居住区だ。
 目指す先に天はなく、かならず天井につきあたる。
 進めない。先はない。
 だが、闇を舞う蝶にそんなことはわからない。
 わからぬまま、昇って昇ってその末に、儚く燐光を散らし

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『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・10

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 土下座のひとつやふたつは覚悟していたが、レムトは意外にもあっさりと了承してくれた。

「ただし、ヒマなうちだけだぞ」

 新しく世界やダンジョンが見つかれば、探索に駆り出されて修行どころではなくなる。それでも十分すぎるほど、ウィルにとってはありがたかった。
 ニーニヤのときもそうだったが、このレムト・リューヒという人は、無理めと思うような頼み事でもけっこう簡単に引き受け

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