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小説

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異形ひしめく船上都市での群像劇『バラックシップ流離譚』他連載中
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2021年3月の記事一覧

『バラックシップ流離譚』 キミの血が美味しいから・9

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 ――ウィル。ウィル。ボクのウィル。
 キミと出会った夜を、ボクは昨日のことのように憶えている。
 なんでもない夜に、ボクはキミを見つけたんだ。

   ◇

 ニーニヤ誘拐というアクシデントはあったものの、救出後はさしたる事件も大過もなく異世界ヤルヒボール5.3の探索は終了した。
 ホドロ一味の生き残りは捕らえられ、帰還後、憲兵隊に引き渡された。住人同士の抗争に

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・5

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 ひと息に吐き出した。
 肺が空になるほどに。
 その後の沈黙が、妙に恐ろしかった。
 バレても構わない。そうなったら出ていけばいいだけ――
 シャービィ自身、ずっとそう思っていた。
 だが、いまは?
 胸は苦しく、にぎったこぶしは震えている。
 マキトは大きく目を見開き、ぽかんと口をあけていた。
 無理もない。
 ほとんどの住人にとって、正規クルーはなじみがなく、不気味

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・4

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〈幽霊船〉に住む竜族といえば、人のような竜――人竜族《ツイニーク》と、竜のような人――竜人族《フォニーク》がその代表だ。
 本来群れることが嫌いな彼らだが、船内では〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉なる集団を形成し、最強勢力の一角を担っている。
 竜たちにとって鬼とはなんなのか。
 なぜそう呼ばれるようになったのか。
 そこまでは〈億万の書《イル・ビリオーネ》〉にも書いていな

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・3

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「お姉ちゃん、ここのエライ人と知り合いだったの?」

 ひそひそとマキトが訊ねた。

「偉いかどうかは微妙だけど、すごい人ではあるかもね、いちおう。あと、知り合いってのも微妙。向こうはたぶん、会ってもわかんなそうだし」
「なにそれ、大丈夫なの?」

 少年の不安顔は見ていて飽きないので、シャービィはだんまりを決め込んだ。
 それに、わざわざ説明するのも面倒くさい。

「こ

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