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小説

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異形ひしめく船上都市での群像劇『バラックシップ流離譚』他連載中
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2021年2月の記事一覧

『バラックシップ流離譚』 影を拾う・2

前の話へ

「マキト。よくわからんもんに、うかつにさわったらダメだよ」
「お姉ちゃんにいわれたくないんだけど……」

 真顔で諭すと、マキトに呆れ顔で返された。

「これまで、私以外にこの生き物が見える人に会った?」
「お姉ちゃんが初めてだね」

 マキトがふるふると首を振る。

「でも、私は見えるだけでさわれない。マキトだけがコイツを捕まえることができる……と。ねえ、ほんとにさわってもなんともな

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『バラックシップ流離譚』 影を拾う・1

序文へ

「ヤバい。ダルい」

 シャービィ・グランソールは、埃っぽい部屋の底で呻いた。
 睡眠欲を満たせるだけ満たしたはずなのに、爽やかさは皆無だった。
 雑然とした室内に、窓から入る光が差している。
 脱ぎ散らかされた衣服、食べ物の包み紙、読みかけで放置された本。
 住居というよりは、巣と呼んだほうがふさわしい惨状である。
 いったいいつから、こんなふうになってしまったのだろう。
 昔はもうち

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