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葦原青
2018年11月29日 17:30
前の話へ 地の底で巨大な獣が惰眠を貪っているかのような独特の駆動音は、〈幽霊船〉に住む者なら誰しもなじみ深く思っていることだろう。 外から来た者ではなく、船で生まれた世代であればなおのこと、誇張なく子守歌がわりに聞いて育ったといいきってもいい。 あまりにも日常に根づいているので、それが鳴りやむ瞬間は、まるであらゆるものが凍りついてしまったかのように錯覚してしまう。 しかし、すぐに船内は祭
2018年11月26日 18:22
序文へ 必死にならざるをを得ない状況というのも、考えようによってはプラスに取れる。 じっとしていると考えてしまう、諸々の嫌なことを忘れられるからだ。 たとえば、思い出したくないな記憶。 たとえば、いまの自分に足りないもの。 しかし、さすがに何度も続くとなると鬱憤もたまるし、それをときどき爆発させて憂さを晴らしたくもなる。「ああ、もう! いい加減にしろってんだよ!」 怒声を吐
2018年11月23日 15:06
この話の1へ前の話へ 目を覚ましたとき、リーゼルは寝藁の上にいた。 天井に見覚えがある。ここは、リーゼルやセレスタたち〈竜の子ら《ドラゴニュート》〉の若手が共同で暮らしている住居だ。 居住区でもそれなりに上層にある船首寄りの一画に、突如現れる岩盤層。 そこに穴を掘って、彼らは生活を営んでいる。 倦怠感が酷い。全身がだるく、起き上がるのはおろか、手足を動かすのさえ億劫だった。 でも、
2018年11月22日 11:04
この話の1へ前の話へ リーゼルは思わず両手で目を覆った。 頭の中では、セレスタがバラバラにされる光景が展開されている。 しかし、いつまでたってもそれらしい気配はやってこなかった。 誰も、ひと言も発さない。 ど、どうなったんだろう……? おそるおそる、指の隙間から覗いてみる。 セレスタは――――無事だ! 状況を見て悟る。 なんと彼は、ショウジョウの懐に自ら飛び込み、刀が振り
2018年11月18日 19:30
この話の1へ前の話へ 職人街でも評判の酒場〈酔鯨《すいげい》〉は、昼時ということもあってほぼ満席だった。 店内は薄暗く、職人たちの汗と油の匂い、それにタバコの煙が充満している。 それでもリーゼルには、この猥雑さが好ましく思えた。人々の活気という点では、これまで船内で見たどの場所よりも強く感じられたからだ。 隅っこに残っていたテーブル席を確保すると、すぐに猫人《マオン》の女給がやってきた
2018年11月17日 18:38
この話の1へ前の話へ「あんまりきょろきょろすんじゃあねーぞ」 セレスタが、いつもの三割増しの大声で怒鳴った。 職人街にくるのははじめてだったが、とにかくにぎやかなところというのが第一印象だった。 雑然とした空気に混じって機械油の匂いが漂う中、あちこちから槌を打ったりノコギリをひいたり、なにかを削っているような音が響いてくる。 必然、会話するときは声をはりあげなければならなくなる。
2018年11月16日 18:30
この話の1へ前の話へ 竜人族《フォニーク》なら自分のところで引き取るのがスジだろう、というセレスタの主張はあっさりと受け容れられた。 強者の発言力はさすがというべきか、それとも長い物には巻かれる主義がここの住人に浸透しているのか。 とにかく、そういったわけで、リーゼルは彼についていくことになった。 畑にいた連中からシャツと靴を借り、土を踏み固めただけの道を歩いてゆく。 セレスタによる
2018年11月15日 18:13
前の話へ リーゼルに残っているいちばん古い記憶は、ぬくぬくとした暗闇だ。 その中でとろとろまどろんでいるところに、突然光が差した。(うわ、まぶし!) 思わず身を縮めたが、なにも起こらない。おそるおそるまぶたをひらいてみた。ゆっくりと、光に目を向ける。 気づけば手をのばしていた。 たぶん、求めたのだろう。光を。闇の向こうに広がる外の世界を。 文字通り、殻を破った。 亀裂に指
2018年11月15日 18:10
序文へ 土砂降るように人が降ってきた。 悲鳴とともに、ひとり、ふたり。 三、四、五、六……指折り数えてみたが、すぐに面倒になってやめた。 石段に腰をかけ、頬杖をついた姿勢であくびを噛み殺す。相変わらずセレスタは絶好調のようだ。 このままだと今日もリーゼルの出番はないだろう。〈幽霊船〉には、あちこちの世界から人が乗り込み、住み着いている。 つまり、異なる世界の数だけ人々の種類があ
2018年11月15日 18:40
本作は「あらゆる世界を彷徨う〈幽霊船〉と、その上に築かれた都市に暮らす、生まれも姿もさまざまな人々の物語」です。 章ごとに主人公が異なり、どの章から読み始めてもいいですし、気に入った主人公の章だけ読んでも構わない、という形式を目指しています。 もちろん、すべての章を通読することで、本作の真の主役たる〈幽霊船〉の全貌も、徐々に明らかになっていくことでしょう。序文へ「羽根なしの竜娘・1」
2018年11月15日 17:59
彼の船は、一切が謎であった。 何時《いつ》、何者《だれ》が、何の目的で建造したのか。 それを知る者は、生者にも、死者の中にも存在しなかった。 人が落ちれば一瞬にして原子にまで分解される虚無の海―― その海原を、彼の船はあてどもなく彷徨い、他の尋常の船ならば様々な港を渡ってゆくように、異なる次元に存在する世界群を行き来する。 たどり着いた先々では、素性の知れぬ――その世界での居場所を