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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話④編集会議

『怪獣公論』編集部の企画会議編!ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語

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登場人物



怪獣専門誌『怪獣公論』編集企画会議

 別フロアの会議室で、三ヶ月後に発売が決まった次号『怪獣公論』の編集企画会議が始まった。とは言っても参加者は四名だけ。飛倉、千若に、例外的ではあるが外部ライターの●●、そして営業本部メディア課の志治枝だ。

 営業本部にはふたつの課がある。刊行物を売るための販売課と、広告媒体として雑誌の誌面を企業に売り込むメディア課。

 志治枝は広告営業担当の二児の母で、半年前に育休から復帰。テレワークも活用しながら営業に飛びまわり、渋る広告代理店の担当者から出稿を勝ち取ってくるやり手だった。

 この企画会議は、ライター陣へ取材・執筆依頼を出す前に、今回の特集内容を決めて、何を取材してもらうかまで大まかに絞り込むところまでが目的である。

「えー、では皆さん揃いましたので、始めさせていただきます。主なライターさんからも特集の企画アイデアを事前に送ってもらってましたので、僕のほうから共有しますね。まずはゴジラ番の牧さんのから……」
「そのまえにちょっといいかしら。ごめんね、あなたたちが勝手気ままな話し合いを始める前に、広告営業の現状を共有しておいたほうがいいと思って」

 レジュメを配り始めようとした千若を志治枝が遮った。なぜ編集方針を決定する会議の席に営業部の彼女が出席しているのか。

 雑誌作りにおいて誌面の方向性を左右する要素はいくつかあって、まず重視されるのは世間の興味関心や流行の動向だ。これは完成した雑誌の売り上げに直結する最も重要な要素である。

 次に編集部員やライター陣の興味関心。怪獣関連メディアに限って言えば、何年かに一度あるかどうかの、怪獣が実際に市街地に現われて被害をもたらす災禍が起きたときを除いて、世間の関心が高まることはあまり無い。だから『怪獣公論』では、各々のライターが同人誌的に好き勝手な企画を提案し、それがそのまま採用されるケースも往々にしてあった。

 そして無視できないのが広告クライアントの存在で、志治枝がこの場にいる理由である。原則論では、クライアントの如何なる意向も誌面の内容には反映させないのが望ましい。自由な言論の場を標榜する『怪獣公論』ではなおさらだ。

 しかし、雑誌をただ作ってさえいれば、クライアントが黙って広告を出稿してくれる時代はとうに過ぎ去った。拡大し続けるウェブメディアと、それに押されるようにシュリンクしていく紙媒体。多くの企業が、限られた広報予算の使途をウェブにするか雑誌にするかの選択を迫られるなか、あえて雑誌に広告を出稿するからには、たとえばPR記事の掲載など条件を付けられることが常態化していた。そして、雑誌全体を通じてクライアントに不都合な内容にしないような忖度も――。

 メディア課の広告営業担当者が、この段階の編集企画会議に参加するのは、彼らが日々クライアントや広告代理店とやり取りするなかで得た感触を編集部と共有し、クライアントに出稿の魅力を感じてもらえる誌面ができるよう助言するためである。

「広告営業が年々難しくなってきていたのは前からだけど、私が育休に入っていた間に状況が一気に厳しくなった。復帰してみて驚いたわ。昔から付き合いで打ってくれていたようなクライアントからもウェブ優先を明言されるようになったから。今度の『怪獣公論』の出版予定が固まったのが二ヶ月前。それと同時に馴染みのクライアントには媒資(媒体資料)をばら撒いて、ことあるごとに話を振ってみたけど、今までにいくつ広告枠が埋まったと思う?」
「いくつです?」
「たったのひとつ。それもモノクロ・シブイチ」

 巻頭特集のカラーグラビアページから遠く離れた白黒ページ。その一ページをさらに四分割した下段に小さく載っている広告枠。当然、料金も雀の涙だ。
 飛倉がこめかみを押さえながら尋ねる。

「ちなみに、どこが打ってくれたんです?」
「常務の実家のカステラ屋さん……」

 身内じゃないか……。

「だからね、いつもあなたたちが言っている、怪獣への自由な言論の場を作るという姿勢は尊重するけど、もう少しクライアントのほうを見てくれてもいいんじゃない?」
「クライアントを見るって言ったってねぇ……。怪獣に対する何らかの姿勢を打ち出している企業はいくつかあるが、突き詰めると怪獣駆除推進派か、擁護派かのどっちかですよ。政治的スタンスと言ってもいい。特集をどちらかに寄せることもできるが、そうすると『怪獣公論』の存在意義が怪しくなってくる」
「それにしたって、あなたたちのこれまでの特集って、『怪獣が音楽文化に与えた影響』とか、『世界各国の神話から読み解く怪獣からのメッセージ』とか、『日本の怪獣出現時における米国ホワイトハウスの動向』とか、なにかこう、オタクっぽすぎ? これでどんな企業が興味をもってくれるのか教えてくれる? 広告が入らなきゃ、存在意義どころか存在自体が危ういのよ」

 ここで何かを閃いたらしい千若が会話に割って入った。

「特集がダメなら、特定の業界を意識した記事を個別に載せるのはどうでしょう?」
「お? ターゲティングを絞り込んで営業かけてもらうわけか。新人くん、たとえばどんなだ?」
「うーん、うーん。……特生自衛隊(対特殊生物自衛隊)の最新装備とかは?」
「防衛関連企業を狙い撃ちか……。目の付け所はいいが、うちの社是の手前、上層部はいい顔をしないだろうな」
「はぁ……そんなのばっか」

 普段から同様の不満が溜まっていたのか露骨に溜息をこぼした千若。それを尻目に●●が意気揚々と提案する。

「あのッ! ラドンまんじゅうの食レポとかはどうですかッ⁉︎」
「「うーん……」」
「あら、いいじゃない」
「広告打ってくれますかね? 逃尾製菓」
「まぁカステラ屋さんもあるし。……って言う話より、そういう柔軟な発想でいろいろ記事を提案してくれたら、今まで付き合いのなかった業界にも話を持っていく足掛かりができるじゃない。それが助かるわ。足掛かりは多ければ多いほどいい」
「じゃ決まりだ。ラドンまんじゅうの食レポは君に任せた」
「さっすが編集長ッ! 判断が早ーい!」
「そういうことでしたら、広告案件の個別取材案については、各自が提案をまとめて、来週また志治枝さんを交えて打ち合わせをしましょうか」
「来週は在宅勤務だけど、それでいいわ。リモートで参加する」
「では本題の次号特集案の検討に入ります。やはり今回は変化球じゃなくて、怪獣のどれか一体を正面から取り上げるのがいいかと」
「はいッ! 編集長ッ‼︎」
「君の言うことは聞かなくてもわかるけど、一応、言ってみろ」
「今度の特集はラドンがいいと思いますッ‼︎」
「「うーん……」」

 予想通り、いつも通りの●●の提案に一同は苦笑いである。だが、次に彼女の口から発せられた情報に飛倉は興味をひかれた。

「皆さんは国環研(国立環境化学研究所)が先月出したプレスリリースは読みましたか?」
「なんだい、それ?」
「旅行ムックの記事を書くのに阿蘇山についていろいろ調べているときに、その火山活動について熊本大学と合同で調査している研究者グループがあることを知ったんです。その彼らが先月発表したのが、えーっと……」

 取材手帳を開いて●●は続ける。

「えーっと、『阿蘇山一帯における火山性ガス濃度変動から推定する微弱火山活動の周期的特性』……? ですッ!」
「ほう……?」
「阿蘇山って、二〇~三〇年周期で火山活動が活発になって火口から煙が上がったりするじゃないですか。ラドンはそのたびに出たり出なかったり、まぁそうじゃないときにも出たり出なかったりなんですけど、煙みたいにはっきりわかる火山活動以外にも、ビミョーにマグマの圧力が上がったりとかの周期が、五年おきくらいであるかもしれないって研究なんです。その周期がちょうど今年とか来年とかなんですね! びっくり!」
「それって、もしかしたらそうかもしれないってだけか? しかも、その口ぶりだとラドンは火山活動とは関係なく、ひたすら自由気ままに出たり出なかったりしているみたいに聞こえるぞ」
「いーえッ! 近々ラドンは必ず出ます! 私のラドン番としての直感がそうだそうだと言っていますッ!」
「うーん……。気にならんわけじゃないが、阿蘇山遠いからな。記事にするとしても九州在住のライターに頼むことになる」
「えェェェェ⁉︎ なんでェェ??」
「なんでって君、広告の売り上げがカステラ屋さんしか決まってないのに、そんな不確定な情報で君を九州まで送り込む経費はかけられんよ」
「じゃあ私熊本に引っ越しますぅ‼︎ これで満足ですか? おぉん⁉︎」
「ふふっ、いいけど向こうにラドン以外の仕事はあるの?」
「えッ⁉︎ あ、芦北で魚釣って生活しますぅ!」
「あら、いいじゃない。面白いライターさんね」
「徹夜明けなんです、勘弁してあげてください……」

 その後も話し合いは続いたものの、結局、特集の大枠もこの打ち合わせでは結論を出せず、次回持ちこしとなった。特集案は各自持ち帰りとし、来週、広告案件の提案とあわせて特集内容も練り直す方針である。
 会議室を後にする間際、志治枝が付け加えた。

「あと、広告案件の記事はうちのウェブメディアに転載する前提で検討してもらえる? ウェブでも掲載されるほうが、クライアントも喜ぶから」
「私のラドンの記事ならこれまでに書いたやつがたくさんありますんで、いくらでも載っけてください! ラドンの魅力を広めるためならなんでもやりますよ!」
「ええ、ありがとう」
「やめときなよ。ウェブはPV数でシビアに評価されるんだ。君の記事はそんなにたくさんの人には読まれないよ」
「どういう意味ですか……?」
「編集長、その言い方は……」
「あぁ、いや、すまん。興味をもってくれる人の数は少なくても、その人たちが金を払ってでも読みたいと思ってくれるのが君の記事だ。それでいい。だからウチの雑誌に書いてもらってるんだ」

 一同が解散したところで●●は早上がりになった。徹夜からの会議でかなり疲れているはずだったが、帰路につく●●が鼻歌を歌っているのを、千若はたしかに聞いた。


次の話につづく↓

※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。

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特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。

先日、調布シネマフェスティバルの『空の大怪獣ラドン<4Kデジタルリマスター版>』上映イベントに行ってきたのでレポも書きました。

★この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、修正して公開します。

元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓

元ネタ(聖典)↓

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