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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話①プロローグ:ラドンライター

東宝三大怪獣が実在する世界。ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語

登場人物

プロローグ

 その夜、千代田区に社を構える大東公出版三階の書籍第二部は、六日後に発売となる単発旅行ムック本の校正作業の真っ只中にあった。

 デザイナーから上がってきた初校データに、編集チームで目を通し、誤字脱字を潰していく。修正箇所には朱書きで指示を入れ、再校を作ってもらう。修正箇所が正しく反映されていれば校了とし、下版データを印刷所にパスする。

 この工程を明日の朝、印刷所が稼働するまでに終えなければならない。印刷所から指定された締め切り日はすでに二日オーバーしている。編集長・飛倉が頭を下げまくって捻出したアディショナルタイム。その猶予も刻一刻と無くなりつつあった。

「新人くん、俺が読める記事、あとどれがある?」
「あ、この四つお願いします。それとですね、編集長。いい加減『新人くん』てのやめてくださいよ。もう僕三年目ですよ⁉︎」
「うん? 君ほど優秀は新人はいないよ」

 新人・千若の不満はもっともだったが、この編集長、どういうわけか部下を名前で呼ぶことを好まなかった。それでも業務に支障がないのは、彼らの書籍第二部が、有り体に言って窓際部署だからで、部員がこのふたりしかいないからだった。

「この四つで最後? このペースなら終電までに終わりそうじゃないか」
「ええ、それ以外はもう谷田部さんに赤字(※修正指示)を戻してますから」
「谷田部サン、怒ってた?」
「そりゃ激おこですよ」
「だよなぁ、最後戻すとき俺からも連絡しておくよ」

 谷田部氏は、雑誌部の主に月刊誌の誌面レイアウトを担当してくれるデザイナーだ。フリーの社外デザイナーだから、大東公出版以外の刊行物もバリバリこなしている。畢竟、編集スケジュールが後ろにズレ込むと、彼が抱える他の仕事とプライベートな時間が圧迫されることになる。

 だから、どうしても今日の就業時間中には校了して印刷用の下版データを書き出してもらうところまでこぎ着けたい。しかし、この日は思わぬ落とし穴が口を開けていた。

「あれ……? おかしいな。編集長。今ネット繋がってますよね? メール送ろうとするとエラーになって……」

 ふたりが校正し終えた朱書き入りの初校をスキャン。それをメールで谷田部氏に戻そうとしていた千若が不穏な声を上げたのは二十一時を少し回ったときだった。

「ネットは見られるぞ。FTPはどうだ?」
「あー……、こっちもエラーです」
「このタイミングでか。勘弁してくれよ」

 これは社用のサーバーでなんらかの障害が発生しており、社外とオンラインでのデータのやり取りができないことを意味していた。復旧しなければ、谷田部氏に再校の依頼もできないし、印刷所に下版データを納品することも不可。社外のメールサービスやアップローダーを使おうにも「セキュリティの観点から職務上のデータ授受は社で契約しているサービスに限る」との規則がそれを阻んだ。

 解決策がないわけではない。オンラインがダメならば……。

「新人くん、ラドン先生に来てもらおう」
「え⁉︎ この時間からですか?」
「どうせ暇してるさ。スケジュールがここまで押した原因のひとつは彼女だしな。それに……」
「それに?」
「奴は凄く速く飛ぶ」

 DTPが普及する以前、三〇年前にはそれが普通だった方法。親からもらった二本の足でデータをデリバリー。編集のふたりはデスクから離れられない。もうひとり人手が必要だった。白羽の矢が立ったのがフリーランスの怪獣ライター、飛倉が言うところの「ラドン先生」である。

 我が国に出没する怪獣のなかで、ゴジラやモスラではなく、マイナーなラドンを追い続けている風変わりな女性。ラドンの記事を書くだけでは生活するのに充分な収入を得られるはずもなく、月に何日か、校正時など人手が必要になる日程のみの契約で臨時アルバイトとしても雇用されている人物だった。

次の話につづく↓

◆ ◆ ◆
特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。
この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、加筆修正して公開します。

元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓

元ネタの元ネタ(聖典)↓




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