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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話⑦阿蘇にて
阿蘇の民家でラドンからの避難用シェルターを取材する編集部に、阿蘇山に向かったラドンライターから緊急のメッセージが届く…!
ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語
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阿蘇にて
熊本駅東口のほど近くにある大型商業施設・アマプラザくまもとの一階に、創業七〇年を超える喫茶店「岡本コーヒー」のサテライト店が入居している。
取材前に飛倉と千若はここで落ち合う手筈になっていた。帝洋丸友不動産からの迎えが来るのは午前十一時の予定だが、早めに集合して、ついでにラドン先生も呼び出して、軽く打ち合わせをしようと提案したのは飛倉だった。
千若はといえば、羽田からこの日の朝六時発の飛行機に乗り、十時過ぎに熊本駅に到着。そのまま岡本コーヒーに直行する格好になったところ、そのビル前でラドン先生の姿を見つけて声をかけた。
「●●さん、お疲れ様です」
「あ、チワちゃんおはよッ!」
「コーヒー屋さんてどっちですかね?」
「こっちみたいよ?」
案内図で入居店舗一覧を確認してふたりは歩き出した。●●は小さめのリュックを背負い、運動靴を履いている。それに愛用のミラーレス一眼を携え、このまま取材にも行けそうな出立ちだ。
「こっちには物件探しで来てらしたのでは?」
「そうだよ……?」
「そのカメラは?」
「え? えー、ほら内見したら写真撮るじゃない? 退去のとき言い掛かりつけられないように」
「本当は勝手に取材企んでるとかは?」
●●の目が泳いでいる。
「それなら今日の取材のカメラマン、●●さんに頼めれば僕もこんな遠くまで来なくて済んだのに。昨日も休日出勤して雑用片付けて、今日は四時起きで羽田ですよ。はぁ……」
「ありゃ、不満そうだね」
「どうせ同じくらい働くならイチマガ(雑誌第一部)だったら仕事のやりがいもありそうなのに。戸波さんとか楽しそうに仕事してますもんね」
「隣の芝だから蒼く見えるんじゃない? そう言えばトナちゃん、次の人事で副編集長への内示が出てるみたいね」
「なんでそんなこと知ってるんです⁉︎」
「ラドン先生は情報も速いのッ! でもあそこの副編集長って上からのプレッシャーもすごそうだよね。彼女なら大丈夫だろうけど」
「逆に言えば、上層部から目にかけてもらいやすいってことですよ。正当に評価してもらえていいなぁ」
「なんだ、相模の奴のところがいいのか……。そうか」
「わーッ! 編集長⁉︎」
「いいから店に入るぞ」
いつのまにか背後にいた飛倉に聞かれていたことを気まずく思いながらも、千若は店員に人数を伝えて飛倉と●●を中へ促す。
三人分の注文が揃ったところで飛倉が切り出した。
「ところで君、そのカメラ持ってこの後はどちらへ?」
先ほどの千若と同じ意図の問いを向けられ、●●は隠すのをやめた。
「そりゃ編集長、このタイミングで熊本まで来て行くところって言ったら阿蘇山しかないでしょ?」
「ウチから取材の依頼はまだしてないんだがねぇ」
「ありゃ? わたしを誰だと思ってます? ラドンは誰かに指図されなくても飛ぶんですよ」
「君がどこに行って何を書くのも自由だよ。ただバイトの雇用主はウチなんだから。なにかあったときのことも少しは考えて……」
「もちろん、万が一ラドンが出現したときは御社のために記事を書かせてもらいますともッ!」
ラドン出現。このフレーズに周囲のテーブルから視線を向けられた気がして、●●は声のトーンを落とした。
「熊本大学のチームの調査、今日からなんです。
ラドンライターとしてまたとない機会なんですよ」
「まさか●●さん、潜り込むつもりじゃ……」
「おいおい、スッポンのゼンちゃんじゃないんだから」
「ちょっと! 私そんな無鉄砲な人間に見えます?」
見えるけど……。
「これ見てください。取材申請許可証!」
熊本大の正式な書類のようだった。偽造ではなさそうだ。
「あぁ、これ申請するためにこっちに来てたんですか」
「ふんッ!」
「所属を書く欄のところ、バッチリ大東公出版になってるけど……」
「まぁ、予定通り調査があるなら学者も危険はないと判断してるんだろ。行くからには面白い記事を頼むよ」
「そうこなくっちゃ! じゃ、私もう行きますねッ!」
「え⁉︎ 打ち合わせはこれから……」
「調査隊の出発の時間なんで!」
お釣りは要りませんので! と●●は小銭をテーブルに置いて、唖然と見送るふたりを後ろ目に駆け出して行った。
飛倉はふたりが揃ったこの席で、バスで出会った母子のことを話してやりたかったのだが、結局●●には伝える機会を逃してしまった。
「これでラドンが本当に出ちゃったら、次の号はバカ売れですね……」
周囲を気にしながら、小声で冗談ともつかないことを口走った千若をたしなめて飛倉は言葉を返した。
「ラドンが出なくても読んでもらえる価値のある記事を書くのがウチの仕事だよ? これから話すが、ラドン先生にはそれが書けるのが証明された。君にも書けるはずだがね」
***
それから一時間後、飛倉と千若は帝洋丸友不動産・九州支店長の森里が運転するバンに揺られ、熊本から一路、阿蘇山の麓へ向かっていた。
バンにはこの取材をコーディネートしてくれた博愛AD社の細見も同乗している。
森里は四〇代後半、白髪がダンディな壮年の男性。細見は二〇代後半の女性だ。細見も東京から出張で来ている。
どうやらこのふたりは初対面のようで、「このお仕事長いんですか〜?」などと世間話を振られている。それによれば、森里氏は熊本出身で、長らく東京の本社に勤めたあと北九州支店長に抜擢され五年ほど今の役職にあるようだ。
バンは国道五七号を東へ走る。目指すのは阿蘇山を一周グルリと取り巻くカルデラの南西部にある長白木村。この村の議会議員が自宅敷地に新築したシェルター「TAI-CON Ⅳ」を取材しようというわけだ。
熊本県北部のおよそ四分の一の範囲を占める広大な阿蘇のカルデラとその外輪山。外輪山の切れ目を流れる一級河川・黒川に沿って東進すると、やがて田園風景と住宅地が広がる開けた土地に出る。そこが長白木村だ。
「阿蘇周辺の山々の麓には綺麗な湧水がたくさんありましてね。その水を引いた田んぼで作るコシヒカリや、湧水で育った『あか牛』が特産品なんですよ。私共の避難設備で人間の安全は確保できるんですが、ラドンが飛べば真っ先に狙われるのは放牧されている牛です。今後はそのための技術にも投資していけるとよいのですが」
ハンドルを握りながら森里支店長はそう話す。
村内を貫く幹線道路を阿蘇山とは反対側に折れて、外輪山の麓へ続く道に入る。路面の状態が悪いのか車に振動が伝わってくるようになった。アスファルトが痛んだ古い道だ。
山の斜面には太陽光発電施設のソーラーパネルが並ぶ景色が目立ってきた。
阿蘇山のカルデラに外輪山という、いわば大地の活動を実感できる雄大な景色には、ソーラーパネルは不似合いな気がして、飛倉は阿蘇山側の風景に目を移した。
その気持ちを察したのかはわからないが、森里支店長が話しかけてきた。
「この辺りも例に漏れず過疎化と高齢化が進んでましてね。人手と手間のかかる農地より、楽に土地を有効利用できますんで、手を出す人が増えてるんですよ」
「あの鉄塔も土地の有効活用ですか?」
太陽光パネルの畑は尾根の向こうまで続いている。その稜線からそびえ立つアンテナを指して千若が聞いた。
「ああ、次世代通信回線の基地局ですね。あれを誘致したのが今日お会いしていただく藤林さんです。村内でもインフラ整備に熱心な議員さんだと聞いています。予算も厳しいなかでいろいろ取り組まれているようです。ただ若者を中心に人口は減る一方ですから、ネット回線が良くなっても喜ぶ人がどれくらいいるのか。せっかく風景がいいので行政も観光で村おこししようと力を入れているみたいなんですが、こんな風景ではどうも……」
「人手不足で農地はソーラーパネルに。観光で人を呼ぼうにも風景は台無し。ますます人は流出して公的な予算も減らされる。そこにラドンですか」
森里支店長の説明を飛倉が引き継いだのを聞いて、千若が言葉を選びながら質問する。
「人口流出の原因はラドンの存在も大きいのでしょうか? ラドンさえ倒せば多くの問題が解決するという意見もありますが……」
「ええ、ラドンがいつ出るかもわからない土地に好き好んで住みたいという人は多くないですからね。それはそのとおりですが、人間にラドンが倒せますか?」
***
そこから外輪山の谷間の一本道を少し進むと、家屋が五軒程度集まった「谷川地区」に到着した。こぢんまりとした集落のなかに、一軒広い庭のある家が目立っていて、ここが藤林氏の自宅ということだ。
森里支店長がバンをその庭に停める。
門の近くに地面から突き出た半ドーム状のものがあり、これが例のシェルターの入り口のようだ。一方、母屋は門から見て庭の奥側にあった。さらにその裏手には山の斜面が迫っていて、太陽光パネルが日の光を反射して光っている。
一行は庭を突っ切って玄関口へ。すると車のドアを閉める音が響いたからか、インターホンを鳴らすまでもなく日焼けした年配の男性が出迎えてくれた。藤林氏だ。
「ああ、これは森里さん。時間通りやね。そちらが東京から雑誌ん取材で来なさった皆さんと? 遠か所ばよく来てくれたね。お昼はまだやね? 庭のシェルターに食事ば用意しとるけん、撮影ば始むる前にどぎゃんね?」
これから取材をして如何に優れたものか記事にするとはいえ、シェルターに食事を快適にできるほどの居住性があるのか? いやいや、そう勧めてくれるからには自信があるのだろう、などと飛倉と千若は考えを巡らせつつ、先頭に立ってシェルター入り口に向かう藤林氏を追う。
ドームに入り地下への階段を降りると、藤林氏の夫人が配膳の手を止めて歓迎してくれた。
「もうここは離れ家のようなもんです」と取材班に言うと、藤林氏は配膳を手伝いに夫人のほうへ。
「お前、料理出すんなあとは俺がやる」
「大丈夫、もう出し終わるけん」
「東京から来た記者さんにお前にばっかり家事させとっとば見せられん。田舎者は遅れとるて思われちまう」
「はぁ? たまに親切かて思うたら見栄張ろごたるだけなわけ?」
苦笑いを浮かべる取材班に夫人はこう付け加えた。
「心配ご無用たい、うちん人はけっこう台所に立ってくれとるけん! こないだの八宝菜は片栗粉んダマだらけやったけど‼︎」
***
「離れ」と形容された藤林氏の地下居住設備は、たしかにシェルターという言葉からはイメージできないほど、居心地の良さそうな空間だった。
温かみのある内装にソファとテーブル、採光用の天窓。奥にはダイニングキッチン……要するに、普通のLDKなのである。
聞けば、コンテナ型のシェルターモジュールを四つ接続して、隔壁を除去。帝洋丸友不動産のオプション内装プランで居住性を高めていると言う。
藤林氏が用意してくれた鮎や地域の食材に舌鼓を打ちながら話を聞く。ここには関係者が全員揃っているから、世間話をしながら自然と取材のインタビューに移っていった。
相手に断りを入れて、取材班はふたりともボイスレコーダーのスイッチを入れた。不慮のトラブルでデータが消えてしまうこともあるから、予備はいくつあってもいい。
飛倉が質問をして、千若がシャッターを切る。
まずは帝洋の森里支店長に話を聞く。「TAI-CON Ⅳ」の開発経緯、設計コンセプト、販売理念。
その次は藤林氏へ質問を投げる。購入を考えたきっかけ、避難時に想定する活用方法、現状の使い勝手。
事前にリストアップしてきた、記事作成に必要な質問を消化していく。
藤林氏のふたりいる子供はどちらもすでに成人して都市部で生活しているというが、このシェルターは夫妻が一時的に避難するものにしては広すぎるようである。なぜモジュールを四つも使って広々とした居住スペースを作ったのか?
氏によれば、もしものときは谷川地区に暮らす全員が避難して来られる大きさにしたと言うことだ。
「それではお伺いしたいことはだいたい聞けましたので、この内容をもとに記事を作らせていただきます。このあとは設備などいろいろ撮影させてください」
インタビューを終えた一同は、屋外に出て藤林夫妻を撮影。記事のタイトルに使う想定で、シェルター入り口の前に立ってもらい、文字を乗せるスペースを意識したものを何パターンか撮った。
この後、藤林氏は山にある自身のソーラー発電設備のメンテナンスをすると言って席を外したので、改めてシェルター内の案内を夫人にしてもらいながら、各所を撮影することになった。
入り口から続く階段からリビングの横に降りる。ダイニングスペースを奥へ進むと簡易キッチン。その反対側にウォークインクローゼット式の収納がある。
「ここは食料ん備蓄に使うとる収納ったい。その奥の扉はガンロッカー」
「ガンロッカー、ですか?」
興味ありそうに聞いたのは千若だ。
「そそ、イノシシやシカば撃つ銃ん置き場たい」
「ああ、ご主人が狩猟なさるんですか!」
「そぎゃん決めつけるんは感心せんねー。撃つんは私たい。畑ば荒らしよる獣には肉になってもらわんとね」
そんな会話をしつつ、リビングの全景を撮影する準備に移る。シェルターでありながらくつろげるこの空間は、藤林氏がオプションプランを利用して整えたもの。記事で大きく紹介すべき要素だ。
部屋を撮るなら自然光を利用するのが理想だが、ここは地下で、明り採りの窓があるとは言え、やはり光量は限られている。
千若は持参した撮影用のLED照明機材を取りに外のバンへ向かう。取材に気を張っていてこれまで意識が向いていなかったが、庭に出ると阿蘇山の頂が間近に迫って見えるのに気がついた。
今ごろはあのシルエットのどこかで、ラドン先生が同行した調査隊の作業も行なわれているはずである。
会社ではよく顔を合わせるものの、彼女とは一緒に取材をしたことがなかった。ふと、彼女の取材ぶりってどんなふうだろうと千若は気になった。
いつも自由で枠に囚われないラドン先生である。彼女のテンションに面食らう調査隊のようすをなんとなく想像してしまい、少し楽しくなりながら機材をシェルターに運び込んだ。
ふたつのLED照明をリビングの両端で三脚に据え、電源を借りた。千若が一眼レフのファインダーを覗きながら指示を出し、飛倉が家具の位置を微調整する。藤林夫人と、森里、細見のクライアント陣がそれを見守る。
写真の構図を考えシャッターを切るのは千若の役目だった。入社以来、千若はカメラの機能や撮影の理論をよく身につけ、撮った写真は社内でも評判がよかった。その点は飛倉も評価しているのだが……。
「ああ、君。今試し撮りした写真見せてみろ」
クライアントの両人がいる場なので、いつもの「新人」呼びは控えて飛倉が声をかけた。ふたりでカメラの液晶パネルを覗く。
「構図はとてもいいな。これでいこう。ただ色味が少し白っぽすぎる。もっと……」
「わかってますよ! まだ試し撮りなんですから。照明をもっと黄色に振ります。いっこ褒めたらダメ出ししないといけない決まりでもあるんですか、もう!」
「もっとよくするなら、ってことだよ……」
千若は反発したこのやり取り、後日談をひとつ明かすと。会話を聞いていた博愛AD社の細見氏から後に編集部に送られたメールには「写真のわずかな色味にも妥協しない姿勢は、さすがプロの仕事だと思いました」とのメッセージが添えられていた。
撮影を進めていると、マナーモードに設定していた千若のスマホに着信が入った。作業中だったため、すぐには出ずにいると、バイブレーションは三回で終わってしまった。
すると今度は飛倉のスマホに着信。ノートPCで先ほどのインタビューの音声データを整理していた飛倉が、手を止めて電話に出ようとする間に呼び出しは切れた。
「ラドン先生からだ」
「こっちもです。どうしたんでしょう?」
ふたりが着信履歴を確認していると、メッセージアプリの編集部トークルームに●●からメッセージ。
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「え……。編集長、まさかこれ……⁉︎」
千若が言葉を終える前に、その場にいた全員のスマホがけたたましく警報音を奏で始めた。
地震警報とは違う、十六分音符五連打のリズム。巨大生物出現を知らせるエリアメールだ。
「調査隊が何かやらかしたんじゃないだろうな……?とにかくラドン先生に連絡を……」
千若は●●の安否を問うメッセージを送信。しかし、送信中を示すマークが消えない。
「編集長、メッセージ送れません……!」
「おいおい、嘘だろ。さっきまでは確かにネット繋がってたぞ」
「近所のみんなに避難ばしてもらわんと……!」
「藤林さん、ちょっと」
藤林夫人が周りの静止をよそに外へ駆け出そうとした次の瞬間、シェルター内は轟音に包まれた。
ガラスが割れる音。家屋の柱がへし折られる音。屋根が引き剥がされる音。地上から巻き上げられた車が建物に突っ込む音。森の木々が根こそぎ倒され地面がめくれる音。
規格外の強風によって引き起こされるあらゆる破壊の音。それは大地の震えとなって、いっぺんにシェルター内の五人へともたらされた。
電力の供給が絶たれ、灯りは採光用の天窓からの自然光だけになった。
何者かの影が、天窓から射し込んでくる光を一瞬遮ったあと、轟音はおさまった。
「……ラドンたい。よりによって真上ば飛んで行きよったね……」
その場にいた誰もが、シェルターの外が今や被災地に変貌したであろうことを理解した。
次の話につづく↓
※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。
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特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。
先日、調布シネマフェスティバルの『空の大怪獣ラドン<4Kデジタルリマスター版>』上映イベントに行ってきたのでレポも書きました。
★この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、修正して公開します。
元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓
元ネタ(聖典)↓