「生成AIはビジネス・デザイン・アートをどう変えるのか?」セミナーレポート(2日目)
こんにちは、Qosmoのシバタアキラです。ここのところ生成型AI技術が飛ぶ鳥を落とす勢いで進化していますね。画像の生成においては8月末にオープンソース化されたStable Diffusionがきっかけになって、数多くのイノベーションが生まれています。私のブログでもそのへんの経緯を先日まとめさせていただき、多くの方に読んでいただきました。
また、このような進展はテキストの生成や音楽の生成などにも波及していて、特に音楽に関しては今年Qosmoから技術動向をまとめたホワイトペーパーも出版させていただきました。
社会に大きな影響を持ちうるこれらの技術が、アートやデザインはもちろん、ビジネスにおいてどのような変化を引き起こしていくのか。先日開催した特別セミナーでは、Qosmoの徳井さん(@naotokui)と私(@madyagi)に加え、深津貴之氏(@fladdict)と水野祐弁護士(@TasukuMizuno)にもご参加いただき、様々な確度から検証してきました。本稿では特にビジネスにおける技術活用と、法的・倫理的注意点にフォーカスした2日目のセミナーサマリーをお届けします。
ビジネスにおける活用の可能性は?
まさにこの振り返り記事を書いているさなかに、Stable Diffusionを開発したStability.AI社が約150億円の大型調達を約10億ドル規模の評価額で達成したというニュースが飛び込んできました。以前から噂はされていましたが、驚きました。ここ1ヶ月でも猛烈な速度で技術が発展し、それまでの圧倒的なトッププレーヤーだったOpen AIにとっても脅威になった一方、オープンソースに軸足を置きながらどのようなビジネスを作れるのかはまだ未知数が多いところです。オープンソースの商用化にはフリーミアムだけでなく、デュアルライセンスやプロフェッショナルサービスの提供など様々な手法が発達してきてはいますが、Stability.AIがどのようなビジネスモデルを考えているのかはとても興味深いところです。
今回のセミナーでは、画像に限らずテキストや音楽も含め生成AI技術を使った価値創出に関して、多角的に検証しました(下記スライド)ので、要点をまとめたいと思います。
生成技術の質がこれだけ上がってくると、人間のクリエーターやデザイナーをリプレイスする部分も出てくるでしょう。特にアマチュアレベルのクリエーターはすぐにその対象になりえます。実際既にオンライン上でも生成AIを使って自分はこんな金稼ぎをしたという記事が多く出てきていて、その中には生成AIにブログを書かせて100ドル稼いだとか、生成AIを使ってデザインしたグッズがオンラインで売れた、などの「小銭稼ぎ」事例が語られています。
一方で、これまではプロでなくては提供できなかった価値が、AIだからこそ多くの人たちに提供できるようになった、というような事例は、これまでになかった新しい価値を生み出していると言えます。例えばイスラエルのAI21社では入力された文章をより丁寧にしたり、より上手な表現に変換したりする添削サービスを提供しています。また、AIMIというサービスでは、プロのミュージシャンの演奏を元に、AIが半永久的に音楽を生成してくれるサービスを提供しており、仕事中など集中力が求めるときに機能的なサウンドスケープを提供しています。
プロのクリエーターやアーティストにとっては生成AI技術は諸刃の剣となりうるでしょうが、有効な使い方に関する議論は既に進んでいます。PhotoshopやFigmaなどのプロ向けツールで使える生成AIプラグインも既に出てきており、製品レベルにおいても、ゲーム開発における背景の自動生成などには十分な精度と論じている方もいます。製品デザインやサービス企画段階でのラフなどには生成AIは強力なツールになるでしょう。そのような段階での社内利用においては法的な懸念も少なく済みます。また、生成AIはこれまでにはできなかったような高度な表現を支援するツールとしても期待されています。弊社Qosmoでも、音色生成技術を応用し、音楽クリエーターの革新的な表現手段を提供するNeutoneというツールを提供しています。
非クリエイティブ領域における生成AIの価値創出
クリエイティブ領域での事例が先行している生成AI技術ですが、その他の産業における応用の鍵を握っているのはモデルの専門性を向上するための追加学習手法だと考えます。例えば、Stable Diffusionをベースに二次元キャラクターの生成に特化したNovelAI Diffusionが話題になりましたが、このような「ファインチューニング」は比較的少ない量の追加データで実現できることから、データの制約からこれまでは難しかったようなユースケースも実現の目処が経つようになります。
特に医療の分野においては、診断に有益な様々な視覚化検査手法が存在していますが、CTスキャンのように非常にコストや時間がかかるものも存在します。たとえばMRIやレントゲンなどのより低コストな検査方法をもとに、CTスキャンで検査した結果を生成することなどは既に先行研究も結果を出しており、今後の製品化が期待されます。関連分野では創薬分野でもAI活用が進んでいて、既にAIを使って生み出された20近くの候補医薬が臨床段階に入っています。
テキスト生成AIを特化させたサービスの一つでソフトウェア開発者の多くが使うGitHub社は、これから書きたいと思うコードを英語で説明すると、コンピューター言語を生成してくれるCopilotというサービスを発表し、その精度の高さが高く評価されています。音楽の分野でも、車内などの特定の環境に特化した音楽生成の研究などが進んでいます。また、少し面白い例として株価の予想に画像生成AIを応用した例がありました。実際の株価の推移の折れ線グラフを入力にその数日後を生成させたら案外あたっていた、というものです。現時点ではこのような応用例にそこまで高い精度は出ないとしても、特化型のファインチューニングを行うことで用途の幅はどんどん広がっていくでしょう。
周辺ビジネスの需要も高まる
AIそのものを開発・応用するのではなくても、高まる需要に伴いその周辺にも様々なビジネスが生まれています。特化型AIを学習するためのプラットフォームを提供するHuggingFaceやモデルの学習結果を管理するためのWeights and Biasesなどは既に注目されているサービスです。
また、既に社会問題化している生成画像によるフェイクニュースなどの有害なコンテンツを見分ける技術や、AIで生成したコンテンツが著作権を侵害していないかどうかを確認する技術などにも需要が出てくる可能性があると考えています。
一方で法的・倫理的な問題点とはどう向き合えば良いのか
生成AI技術の商用利用の可能性が高まる一方で、利用における法的・倫理的な懸念への議論も増えてきています。そのような背景を踏まえ、今回はシティライツ法律事務所の水野祐先生をお招きしました。シティライツ法律事務所は「法を駆使して創造性、イノベーションを最大化する」をミッションに活動されていて、水野先生はCreative Commons JapanやArts and Lawの理事なども兼任されています。
生成AIの開発・利用においては法的解釈以前に利用規約を注意して確認することが重要です。Stable Diffusionに付帯するライセンスに関しては比較的制約が少ない内容となっていて、Stability.AI社は生成物の利用に関してはいかなる権利も主張しないことが明記されており、派生モデルの共有も同一ライセンスを付与することで再配布が許可されています。一方で違法・有害な用途は禁止とされており、「有害」とみなされる使い方については別紙にて具体的な例を上げるなどの工夫がされています。
日本においては、著作物を元に機械学習モデルを学習する行為は著作権法における適法であると規定する法改正があり、世界的に見ても進んだ立場をとっていると言えます。よって、日本においてAIの学習行為が問題になることは稀だと考えられています。
一方生成AIの利用に関して、利用規約に違反しない範囲においては、現時点で法的な規制は存在していません。その中で気をつけなくてはいけないポイントとして、生成AIを利用することで、既存著作物と類似性が認められる生成物が生成されたときに著作権侵害が成立するリスクが存在する点です。ただし、著作権侵害が認められる場合は、対象となる既存著作物が学習データ中に存在していたなどの「依拠性」が認められる場合に限られます。仮に、AIが学習したデータに含まれる既存著作物を知っていたり、直接アクセスしたことがない場合でも、たまたま類似するコンテンツが生成された場合に関しては学説においても意見が分かれています。ただし、仮に著作権侵害が成立するとしても、認められるのは差止請求のみで、損害賠償請求は認められないという見解があります。著作権の他に生成AIが侵害しうる権利としては、パブリシティー権や肖像権も考えられます。
完全に自律的な生成AIが生成した生成物に関しては著作権が発生しないという点も注意する必要があります。米国著作権局も完全に自律的な生成AIが生成した生成物の登録を否定するスタンスを明示しています。一方で、人間がAIを「つかって」創作したものと、人間が関与せず自律的に作成されたケースとの線引きは、何を「創作的寄与」とみなすかが論点となります。この点においての議論はまだ十分になされていないものの、テキストプロンプトに対して著作権が認められる可能性は少ないと考えられます。というのも、プロンプト対する著作権はその生成物の芸術性の高さは影響せず、プロンプトそのものにおける創意工夫が判断の基準になるからです。
生成AIの発展によって生まれている新しい課題の多くに関してはまだ議論が深まっておらず、有識者においても議論が分かれる論点が多数存在しています。例えば今後、コンテンツクリエーターが「AIによる学習禁止」の意思表示をした場合、著作権法の規定を上書きしてその意思表示に基づく契約・合意の有効性は認められるのでしょうか?正確にはこれは利用形態などに鑑み個別具体的に有効性を判断するべきであるというのが水野先生の見解ですが、契約としての有効性を認める有識者も多数います。また、米国においてはAIによる著作物の学習は「フェアユース」の考え方に基づいて適法と解釈されているものの、利用目的が商用利用であったときにその学習が「フェアな」利用の範囲であるかは判断が変わる可能性もあります。
セミナーにおいてはこの他にも多数の質問が寄せられ、他業界の凡例などとも照らし合わせた活発な議論が行われました。ご登壇いただいた水野先生に改めて感謝したいと思います。