坂本沙季11.ぞっとするほど冷たいところがある
最近の空は、雨が急に降り出したり、急に太陽が見えて暑くなったりしてる。今年の8月は台風が少なくて、忘れたいたその存在を耳にするようになって、去年の9月の台風では大変な目にあったなって思い出したりした。これは、この時期になるたびに思い出す思い出となったんだと思う。案外、大変だった事実は覚えていてもそのときの気持ちみたいなことは思い出せない。
たしか、すごく怖くて焦っていた。
冷静な方だと思っていたけれど、ああやって慌てることがあるのだと知った。だけど、たくさんの頼れる人がいて、焦っても大丈夫だと思っていた。
本当に不安なときは気持ち悪くなる。
とても忘れ物や無くしものが小さいころから多くて、そういったことをするたびに慌てずに警察や駅員さんや親に伝えた。でも、いつも不安で吐きそうだった。
なぜか、すごく鮮明に覚えているのが、小学4年生のとき。姉の体操着を間違えてもってきてしまい、借りることもできなかった当時は体操着を忘れた対処の仕方がわからなくて、不安になって、具合が悪くなってしまった。その授業中は保健室に連れて行かれ、みんなが外で体育の授業をやっているのを保健室から見た。大きすぎるグラウンドを使いこなせないでこじんまりと授業をしていた。それを見ていたら、自分が体操着を間違えてもってきた過ちは対処されていたことに気付いて、次の算数の授業は元気に受けた。
家に帰ってきてから、持っていき忘れた正しい体操着を洗濯機にいれ、体育は受けたことにした。怒られる不安はそうやって対処すればいいのは心得ていた。
どうにかしている対処は、それの気持ちを見せないけれど、首の奥のあたりがぐちゃぐちゃになる感じ。身体と心がバラバラになる。
こういうことがある、と自覚して持っている。
器用なのか不器用なのかわからない。
一番まずいのは、この、"こういうところ"というのを人に対して、抱いてしまったとき、その人間の冷たいところを感じてしまったような気がする。
自分が参加していた舞台のあと、観に来てくれた人の些細なひとことにぞっとして1週間以上気持ち悪さを抱えたりした。
人間のぞっとするような冷たさはなるべく感じたくない。どうしようもない気がしてしまう。そこに対処がない、一生拭えない不安を見つけてしまうというのは気がつかないふりさえできない。
この気持ちだけはあんまり忘れていけない。たいていの悲しさは時間が経てば解決する。でも、くだらないことでもこの気持ちは忘れられない。
人のなかのぞっとするところはあんまり見たくない。声を上げて喧嘩している場面に遭遇したくない。トゲのある言葉に気が付きたくない。
人のぞっとするところと向き合えない。
忘れられないこの気持ちとも、まだ向き合えない。
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