坂本沙季12.二度と通えない大学生
ゆるやかに流れ込んでくる秋の気があって、嬉しいのと無理なのがぐるぐるとします。
そんなのと同じように、オンラインなのと学校に通えないことがぐるぐるとします。
オンラインでの授業は通う必要の無いところに伴う便利なことがたくさん存在します。自由な時間や、満員電車に乗る必要のないところなどは有効に使うことができれば、できなかったことができるようになります。けれど、同じかそれ以上に学内での交流の場や毎日の電車内で考えていたことをもう考えられなくなったり、その先のようなものは失われました。
前者に便利はあるけれど、楽しいは生まれないと感じます。その先の思いがけない楽しいは淡々と失われたように思ってしまいます。
夜に学校の周りを歩いていたら、誰も存在していない校舎と苔の生えた地面があって、久しぶりに学校を認識した感じがした。
そのとき、もう二度と去年までのキャンパスライフを行えないのだと思った。ほぼ確実にわかってしまった瞬間だった。
去年のようになることを、薄ぼんやりと6月に、この夏は難しいだろうなと思って、8月になりこの冬も難しいんだろうなと考えていたのが、"難しいんだろうな〜"と先送りにしてきたのをはっきり無理だと考えてしまった。
去年までの大学という場所が割と自分には居心地が良かったのだと思う。行けば必ず会う人がいて、やることがある状況にしていた。必要とされる状態を常に作っていた。本や課題や授業といった触れるものが常にあって、生きているだけで大学生だった。
オンラインになって必要なのかわからなくなった。作り出してきた去年までのものが全て無駄に思えた。立場も創作も誰も知らなく、触れられないもののような気がして、やってきたことに意味がないように思った。
授業を受けても周りの顔が見えなくて、自分をどのように据えればいいかわからない。空中にぽっかりと浮いたように授業を受けている。
浮いていればそのぶん自由だけれど、不自由。
意味ないことなんてないし、随分自由に生きさせてもらってるし、楽しいこともある。
でも、違うじゃん、それはね。
自分の行動じゃ獲得できない報われないことに溢れてて、今年はそれに当たり過ぎてしまった。
これからは、しばらく、普通に通うことのできない大学生。このままオンラインが定着したらずっと過去の描く普通の大学生活は本当に二度とできないのかもしれない。
自分はそんなことを考えるより先に卒業してしまいそう。
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