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僕と彼の栞
吐瀉物のはね返りが白いワイシャツを赤黒く染めた。
職場に向かう道中にドライブインがあり、男子トイレの奥から二番目の個室が僕の予約席。
ドアを開けて手洗い場に向かい、口をゆすいでからハンカチで顔を拭く。
「大丈夫、今日も生きている。」
3月末頃からだろうか。
職場の人事をめぐって経営者と折が合わず、気づいた頃には毎朝胃の中を空っぽにしてから出勤するようになった。
月曜から土曜まで往復90キロのドライブを繰り返し、帰宅するやスーツのままベッドに飛び込む日々。
着替えてご飯を食べなきゃ、お風呂に入らなきゃ、スキンケアをしなくちゃ。
脳内シミュレーションはできているのだけど、身体はピクリともしない。
僕の身体のはずなのに、命令器官が途中で断絶されているようだ。
僕は、これが誰かを知っている。
幾度も僕の背中に勝手にやってきては、脊髄をスプーンでえぐり取って、許してもいないのに神経の中へセメントを流し込むのだ。
僕の身体は、彼に固められて動かなくなる。
すべてが大げさだ。もっと気楽に考えろ。そんなものは存在しない。
本当にそうなのか、僕は知らない。
みんなは僕と同じ景色を、本当に見ているのだろうか。
試しにコンビニで買った履歴書を書いてみると、職歴の余白が足りないことに気がついた。
逃げたっていい。何度でもやり直せる。君ならどこでも通用する。
本当にそうなのか、僕は知らない。
みんな僕の人生で、実験を企んでいるんだろうか。
今このnoteを書けるようになったのは、彼と一緒に生きていくことを決めたからだ。
僕はものすごく寂しがりで、誰かと常に繋がりを求めている。
じゃあ彼が、僕の話し相手になってくれるなら、それでいいやと思えた。
とにかく僕は、生きることを決めた。
それからは意外とスルスル展開していった。
自分の意見を通すために、上司や同僚と1on1をセッティングし続けた。
そこまでされるなら辞めたほうがいい。もったいないからもう少し頑張ろう。考えすぎだから落ち着くんだ。
色んな人がいろんな立場から色んな意見を言ってくれて、ああ、僕とつながってるのは彼だけじゃないんだと気づいた。
悩みを相談すれば解決への道筋を立ててくれる人がいる。
やりたいことを持っていけば赤鉛筆で添削してくれる人がいる。
「何があっても、応援しているよ」とささやいてくれる人がいる。
そういう人たちからそういう言葉を引き出したのは、他ならぬ自分の動きによるものだ。
多くの人を動かして一抹の申し訳無さはあるけれど、自分の人生は案外コントローラブルだと気づけた。
それが彼のおかげだとしたら、もう少しやさしく教えてくれよと僕は嘆く。
今の職場で、僕と彼でもやれること、みんなでやりたいこと、まだまだたくさんある。
「最後に決めるのは自分」という使い古された言葉。
昔は嫌いだったけど、今ほど納得できる瞬間もないかもしれない。
まだ交渉は途中だけど、もう少し今の職場であがいてみようと思う。
自分にしかできないことなんて仰々しいものは存在しなくて、誰かが勝手にシステムを回しながら僕のいない世界を進めていく。
熱狂なんかしなくたって生きていけるし、平坦な方が自分には向いている気もしている。
僕が嘔吐に苦しむ一方で、飢えて命を落とす人がたくさんいる。
僕なんて、大したことない。
それでも僕は、自分の重みを感じながら、生きていくことを決めた。
いつか彼の力を借りなくても、大切なことに気づいて先手を打てるようになりたい。
もしも同じような境遇に苦しんでいる人がいたら、なんでもいいから力になりたいと思う。
僕と彼の挟んだ栞が、誰かの目印になればいい。
明日の朝になって、顔を真赤にしながらこのnoteを読むことになるだろう。
あーっ、なんで中二病みたいな発言しちゃったかなーっ、かーっ。なんて。
そうやって笑いながら、しれっとドライブインを通り過ぎていることを僕は願う。