フェラーリを買ったあの日(中編)
「わかりました、買います」
2時間ほど悩んだのちに担当者に電話し、僕は612スカリエッティを購入することを決めてしまっていた。
そこから数日、僕が提示した予算内で無事フェラーリは落札され、第三者機関による無事故車である確認等が行われたあと、612スカリエッティとの初対面となった。
店内の端のほうに置かれていた612スカリエッティ。グリジオアロイという少し青みがかかったシルバーのボディは本当に美しかった。
内装はクレマというベージュとブルーの組み合わせで、スポーティーでありながらラグジュアリー。そして革の独特な匂いがした。
エンジンをかけさせてもらった。
普通の車よりも少しだけ長いクランキングのあと、エンジンがかかる。
12気筒フェラーリの重低音。何も問題はない。すぐに契約書にサインして正式に購入手続きをした。
そこから数日して、僕がフェラーリ用に契約した駐車場の広さがすこし微妙なので一度現車を入れて確認してほしいという不動産屋の指示のもと、車屋に612を持ってきてもらって確認をした。
サイズはすっぽりと。まさにフェラーリのために作られたようにきっちりと収まった。自分の生活圏にフェラーリがやってきていよいよ夢が現実のものになる実感が湧いてきた。
駐車場から家まではすぐだが、せっかくなので担当者の運転でひとまわり乗せてもらうことにした。
12気筒にしては少し振動が大きい気がした。
「フェラーリなのでこんなものですよ。きっちり整備してからお渡しするのでもっと振動はなくなります。」
そんなものか。とそのときはそれほど疑うこともなかった。
それよりも憧れのフェラーリが自分のものになることで頭がいっぱいだった。
2週間ほどたって納車の日を迎えた。
納車は夕方の予定だったが、朝から落ち着かなかった。
午前中は事務所で業務を済ませ、車屋に向かった。
道中、担当者から電話がきた。
「今最終確認中なのですが、エンジンチェックランプがついてしまって。もしかしたら今日お渡しできないかもしれません。」
もう途中までいってしまっていたので、ひとまず車屋に行ってみることにした。
到着した車屋では整備士が何かゴソゴソやっている。
「少しお待ちください」
30分ほど待っていると、やっとチェックランプの問題もなくなったということで僕の前に612スカリエッティがやってきた。
ついにフェラーリが自分のものになる。感動の瞬間だ。
エンジンをかけると、ちょっと様子がおかしかった。
こないだ乗せてもらったときよりもさらに振動が多いのだ。
「少し動かさないとダメかもしれませんので、一旦これで納車させていただいて、また調整しましょう。」
あとから考えたらちょっとありえない話なのだが、フェラーリを持ち帰りたくて仕方のない僕はこの提案をすんなり受け入れてしまった。
12気筒なのにバイクのようなアイドリングのフェラーリ。道に入るといわゆる2ペダルMTのF1マチックはオートだとかなり変速が不自然なので交差点でとまったときにすぐマニュアルモードに切り替えた。
東名高速に乗った。2速、3速とすこしひっぱりながら変速させるとけたたましくフェラーリの音を出しながら加速していく。
高速を降りて青山に着く頃にはエンジンはすこしなめらかになっていてあんまり気にならなくなっていた。
音なのかフォルムなのか、交差点ではみんなに見られているような気がした。
運転の慣れない僕は、さっさと家に帰りたかった。
やっとのことで駐車場まで乗り付けて、駐車場にどうにかフェラーリを入れると、二度とここから出したくないという気持ちになるぐらいだった。
初めてフェラーリを運転するという緊張感からようやく開放されるとともに、自分のガレージにフェラーリが入っているという満足感は言葉にできないような気分だった。
しかしここからが苦難のはじまりだった。