
あの日見たイエローモンキーのヨンブンノニ
スカパー様の「もう一度みたいライブ」に拙作を採用いただきました。
応募時に量の関係で削った部分が結構あったので、ここでは加筆修正したフルバージョンを掲載します。
ずっと、ライブはガチファンしか行っちゃいけないものだと思っていた。
イントロ2秒で曲を判別できて当たり前。コール&レスポンスや手の振りを間違えようものなら、他のファンに会場から叩き出される。わりと本気でそう思っていた。
そんな私がなけなしの勇気を振り絞って行った人生初ライブハウスで、たまたま古参ファンのお姉さんと隣になった。
あのお姉さんのお陰で、私は今、ライブが楽しくて仕方がない。
私ごときが「ファン」なんて
子どものころの私は音楽にまったく興味がなかった。バイト代を貯めて好きなアイドルグループのコンサートへ行った知り合いが「前の席の人がでかいお団子ヘアーで邪魔だった」みたいな愚痴をこぼしているのを「大変だなぁ」と感心半分、冷笑半分で聞いているようなタイプだった。
そんな私も、10代の終わりごろになって吉井和哉さんのソロ楽曲と出会い、そこからTHE YELLOW MONKEYにハマった。バンドはとっくに解散していて、再集結なんか夢のまた夢だった時期だ。
家でも出先でもずっと吉井さんかイエローモンキーの曲を聞くほど大好きだったが、自分をファンと呼ぶことにはずっと抵抗があった。先の知り合いの話が頭にあったせいか、ファンという称号を掲げるにはそれ相応の覚悟と実績が必要だと思っていたのだ。吉井さんのライブ情報も目にしていたが、同じ理由で避けていた。ライブとは歴戦のファンたちが集う祭典であり、参加者は会場で出くわす他のファンに負けぬようサイヤ人よろしく情熱のオーラを身にまとい、自分と推しの間を遮る者がいれば激突することも辞さない。ファンとはそういう過激で情熱的な生き物だと思いこんでいた。ましてやイエローモンキーの場合、すでに解散しているのだ。リアルタイムで活動を追っていた人との差は一生、埋められない(そのときは再集結してくれるなんて思わなかったし)。
そんなわけで「私ごときがファンを名乗ったら本物のファンに怒られる」と腰が引けていたのだ。
ライブ、行ってみたい、かも?
転機が訪れたのは2013年。
この年はイエローモンキーがアツかった。ファン選曲ベストアルバム『イエモン』が発売されたり、90年代にレギュラー出演していたNack5の深夜番組『Midnight Rock City + R』が一夜限りの復活をしたり、ドキュメンタリー映画『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』が公開されたり。ずっと枯れた川をたどって過去を想像するしかなかった私は、突然の公式供給の洪水にあっぷあっぷしながら幸せに溺れていた。
のちに語られた話では、吉井さんがメンバー3人に対して再集結を呼びかけるメールを送ったのもこの年の夏なので、まさにイエローモンキーイヤーだったと言える。
秋に『パンドラ』を見に行った私は、そこで初めてイエローモンキーファンを目にした。ライブTシャツや過去のツアーグッズを身に着けている人はいたが、上映を待つ間、控えめな音量で連れ合いとおしゃべりしたり、パンフレットを読みこんだり、いたって普通。前の席の人がでかいお団子ヘアーでスクリーンが見えないといったことはなかったし、終了後も和やかな雰囲気で、にらみ合いやバトルが勃発することもなかった。思っていたよりも怖くないのかも。自分の中でよくわからないものの集合体であった「ファン像」に少し修正が入った。
本編も大満足。1年間で113本という伝説的なツアーを追ったドキュメンタリーで、映画館の音響でイエローモンキーのライブを疑似体験した私の中には、ムズムズとライブへ行ってみたい気持ちが湧き上がっていた。
CDに収録された音源とは違う、一期一会のパフォーマンス。バンドからオーディエンスへ一方通行だったものが双方向になり、血が循環するように、会場が一体となってボルテージが上がっていく感じがスクリーン越しにもわかった。
映像でこれだけ興奮したのだから、生はきっとすさまじいに違いない。割れんばかりの歓声に混ざって、会場を渦巻く熱気を体感してみたい。想像が無限にふくらんでいく。自分もこの映像と同じ時代を生きていたはずなのにどうして会場にいなかったのかと、悔しさすら覚える。
そんなタイミングで、メンバーそれぞれがソロや今組んでいるバンドでライブを予定していた。
行きたい。
シンプルで強烈な衝動が、それまでの躊躇を吹き飛ばした。
そんなわけで、チケットの抽選に応募したり、購入したりして、私は1ヶ月半の間に4本のライブに行くという怒涛のライブデビューへ踏み出すことになる。
初ライブ -AT THE SWEET BASIL-
私の中では、ライブデビューとライブハウスデビューが別々にある。
ライブデビューは吉井さんの「AT THE SWEET BASIL~スイートベイジルの夜」。
ライブハウスデビューは、ギターのエマのソロプロジェクト「brainchild’s」の東京公演。
初ライブの「AT THE SWEET BASIL~スイートベイジルの夜」は10月19日開催。会場はその名の通り六本木STB139スイートベイジル。
Blu-ray購入者から抽選で200人を招待するプレミアムライブで、当選しただけでも幸運なのに、それがまさか自分のライブデビューになるなんて。運の大半を使い果たした気がするが後悔はない。
途中のMCで吉井さんが客席に問いかけた。
「吉井和哉、初めて聞きに来たよって人いる?」
手上げたのは、私ひとり。吉井さんもまさかいると思わなかったようで「あ、いた!」と驚いていた。私の脳内は「吉井さんがこっち見た!!」と大歓声とファンファーレが鳴り響いていたのだが、まじめな顔でカムフラージュしながら、靴の中で指をバタバタさせるだけでなんとかこらえた。
大好きな曲『CALL ME』がイントロを聞いてもなんの曲かまったくわからないほど大胆にアレンジされ、それを辛口にドラマティックに歌い上げるカッコよさでこっちはすでに腰砕けだというのに、しゃべれば茶目っ気たっぷりというギャップまで見せられて、改めて吉井和哉というミュージシャンが好きになった。
「なんか、すみませんね。いつもはこんな感じじゃないんですけど」
吉井さんがちょっと照れた感じで言ったとおり、色々な意味で特別というか、ちょっと特殊なライブだった。
会場はちょっとおしゃれなクラブという雰囲気。ホーンセクションやストリングスを入れたアコースティックなメンバー編成。披露された曲はすべてジャズやボサノバに大胆アレンジされていて、つまりオーディエンス全員が実質、初視聴。吉井さんはスツールに腰掛けたまま歌い、オーディエンスも座ったまま聞くという、非常に初心者に優しいライブだった。
小雨が降る外の天気も相まって、しっとりと落ち着いた公演だったように思う。たった1時間だが濃密で素敵な体験をさせてもらった。
初ライブハウス -brainchild’s TOUR 2013 Electric na tei de WHO-
初体験がこんなスペシャルでプレミアムなライブで大丈夫かしら。
そんなふわふわした余韻を引きずっていたらあっという間に1週間がすぎ、次のライブがやってきた。
10月29日「brainchild’s TOUR 2013 Electric na tei de WHO”sou-desu Watasu-ga Henna Ojisan-desu”@東京」会場は新宿BLAZE。
こちらはオールスタンディング。いよいよ正真正銘のライブハウスデビューだと身構える。
加えて私は、brainchild’sの曲はほぼ知らなかった。当時は今みたいな音楽のサブスクサービスがなく、聞きたい曲は購入するかCDをレンタルするしかなかった。地元のレンタルショップにはなく、チケットにお金を使い果たしてしまったのでアルバム単位の購入もできず、わかるのは数曲だけという状態だった。
吉井さんに優しく産湯に入れてもらった体が乾かぬうちに、そのまま素っ裸で大人用プールへ飛びこもうとしているのだ。身のほど知らずにもほどがある。
とにかくメンバーの今を見たい。欠片でもいいからイエローモンキーの音を生で聞いてみたいという気持ちが先走っていた。
そんなわけで私はとんでもなく緊張しながら当日を迎えていた。
私が会場に入ったときには、すでに前の方は熱心なファンでぎゅうぎゅうだった。みんな仲間と一緒に来ているようで、他のライブや曲の話に花を咲かせている。
とりあえず、中央列のはしっこあたりに隙間を見つけて身を置いてみる。椅子がある公演と違って、隣との距離が近い。邪魔にならないように、ぎゅっと肩をすぼめて開演を待った。
みんな完全武装であることにまず驚く。スイートベイジルのときはスカートやヒールの女性が結構いたような気がするが、こちらは圧倒的なパンツ・スニーカー率だった。楽しむ気満々なのか、10月末だというのに上はライブTシャツ一枚だ。いつものパーカーにジーンズで来てしまった私は、自分だけが場違いな人間に思えて急に不安になる。
今でこそ、初参加なのだからグッズを持っていないのは当たり前だし、別に着飾らなくても楽しむことはできると思う。しかしそのときは、ライブに臨むオーディエンスの気合いに完全に圧倒されていた。
モンキーファンのお姉さん
「おひとりですか?」
ふいに声をかけられた。
隣に立っていた小柄な女性だ。三十代くらいだろうか。私より少し年上で、彼女もまたひとりらしい。
戸惑いつつ、肯定する。お姉さんが、ころころと転がるようなかわいらしい声でまた尋ねた。
「お目当てはだれですか?」
「エマです。イエローモンキーが好きで」
私は内心、かなり慎重に、おそるおそる答えていた。というのも、ウィキペディアに「コアなファンは『イエモン』という呼びかたを嫌う」と書いてあったからだ。だからこうした場でうっかり「イエモン」なんて口にしようものなら古参のファンにボコボコにされるのではないかとビビっていたのだ。言い終えてからも、エマに「さん」をつけた方がよかっただろうか? でも本名ならわかるが、あだ名に「さん」つけるのって変じゃないか? などと頭の中では葛藤がぐるぐる渦巻いていた。
「私もです!」
そんな私の不安を、お姉さんは満面の笑みで吹き飛ばしてくれた。
聞けば、お姉さんはイエローモンキー解散前からのファンで、ライブにもよく行っており、各メンバーの現在の活動もすべて追っているという。
私は嬉しくてすっかり舞い上がっていた。あれほど恐れていた古参ファンにエンカウントした衝撃よりも、同じものが好きな人にめぐり会えた興奮が勝っていたのだ。喜びに気が緩んだのか、お姉さんの人柄ゆえか、私はあっさりと新参者であることを白状していた。
「ライブハウス自体が初めてで、浮いてないかなって内心めっちゃキョドってるんですけど」
「もう全然ウェルカムです! ファンが増えるのはいつでも嬉しいです」
お姉さんのその言葉に、私がどれだけ救われたかわからない。
あの瞬間、それまで自分にまとわりついていた余計な気負いがすべて蒸発して、ようやくライブを楽しむ準備ができたような気がする。
開演を待つ間、お姉さんはイエローモンキーやライブのことについて色々と教えてくれた。
「モンキーちゃんのエマちゃんはセクシでクールな感じだけど、ブレチャのエマちゃんはおしゃべりでかわいいんですよ。よくMCがグダグダになってるけど、それがいいんです」
興味深く聞きながら、私は「本当にイエモンって言わないんだな」と静かに感心していた。
ウィキペディアを読んだときから疑問だったのだ。イエモンと呼ばないなら、なんて呼ぶのだろう? まさか毎回THE YELLOW MONKEYと言っているのか? そこも知りたいポイントだったのだが、まさか「モンキーちゃん」とは。ギラギラとカッコよく、ときには猥褻で猥雑ですらあるバンドにはいささか、かわいすぎやしないか。しかしお姉さんの「モンキーちゃん」は親戚の子をかわいがるような愛に満ちあふれていて、お姉さんが「モンキーちゃん」と口にするたびになんだか微笑ましい気持ちになった。
ライブの楽しみかた
ライブが始まってからは、正直、あまり覚えていない。曲を知らないというのもあるが、ただただ、音に圧倒されていた。
映画館みたいな調整された音とはまったく違う。ステージに所狭しと並べられたバカでかいアンプから、今生まれたばかりのむき出しの音が束になって迫ってくる。落ち着こうと深呼吸したら肺がベースでブルブルと震えた。バスドラムに腹を直接叩かれているみたいに、体の内側にダイレクトに音が響いてくる。しかし、音の洪水にもみくちゃにされていた体が、いつしかエマのメロディアスなギターに合わせて揺れていることに気づく。中学の体育で創作ダンスだけはどうしても好きになれなかった私が、音楽で身を揺らしている。それは衝撃的なことだった。
横のお姉さんに目をやると、曲に合わせて手を上げたり、サビの一部を一緒に歌ったりしている。他のオーディエンスと動きがそろうことがあるので、曲によってある程度の「お約束」があるようだ。けれど、やらない人もいる。好き勝手に体を揺らす人もいる。直立不動でじっくり聞く人もいる。みんなそれぞれの好きな方法で楽しんでいる。
それに気づいてからは、私も深く考えるのをやめた。曲を知らない申し訳なさも忘れて、ただ自分が気持ちいと感じるように体を揺らした。
聞くのではなく、体感する。
初めての感覚だった。
イエローモンキーの曲とはまったく違うが、フレーズのひとつひとつから香り立つエマ節がミストのように会場を満たす。私がすっかりそのフレーバーにやられてクラクラし始めたころ、先述の「グダグダなMC」が始まった。
本当にグダグダでびっくりした。進行はエマなのだが、どうも締まりがなく、すぐに脇道にそれる。のんびりした彼の話しかたもまた、間延びしたトークのさらに自由に遊ばせてしまう。オーディエンスはその様子を見て目尻を下げているから、これはこれでいいようだ。
「イエローモンキーの曲で何が好き?」
エマがメンバーに問いかけた。ひとりひとり曲名と、その理由や思い出を語っていく。ただbrainchild’sは結構人数がいる。このときも6人くらいはいただろうか。なのでなかなか時間がかかる。けれどエマはさして気にした様子もなく「え、それって」とさらに話を掘ったりしている。
「俺はやっぱり『空の青と本当の気持ち』かな」
最後に順番が回ってきたエマは、自分が作曲した曲を上げた。
「今日も歌おうかと思ったんだけど、あれ歌うの大変なんだよね」
オーディエンスから期待の声が上がったが、どうやら歌う気はないようだ。過去にbrainchild’sのライブで歌ったとこがあるそうで、その時の苦労を語った。
「吉井にいつも『エマの曲は息継ぎが大変』って言われてたんだけど、自分で歌ってみてやっと意味がわかった」
そう苦笑いをしたエマは、ちょっともったいつけた感じで会場を見回すと、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ、本人に歌ってもらう?」
吉井さんがサプライズ登場
会場が驚きと喜びの悲鳴で包まれた。
吉井さんがサプライズ登場。
私も「うええええええ⁉」と野太い声を上げていた。
ふたりが並んでる! 私の目の前に、イエローモンキーの半分がそろった!
「ヤバいですよねこれ!?」
私が言うと、お姉さんも「ヤバいです!! 信じらんない!」と声をうわずらせた。
そこからエマと吉井さんの肩の力が抜けたトークを少しあって、そしてぬるっと『空の青と本当の気持ち』が始まった。
思えばこれが、私が生まれて初めてイエローモンキーの曲を生で聞いた瞬間だった。
それまでだるんだるんのMCを繰り広げていたのと同じ人とは思えない、乾いたサウンドでありながら艶やかなギター。伸びやかに翼を広げる吉井さんのボーカルを、空高く押し上げていく。
すごい。
これがイエローモンキーなんだ。
鳥肌が止まらない。
曲の終わりが近づいてくると「ああ、終わってしまう」と急に寂しくなった。まだ聞いていたい。終わらないでほしい。叶わぬ願いを胸の中で唱えながら、エマのギターを、吉井さんの歌を、一瞬一瞬、噛み締める。
吉井さんは一曲歌ったらあっさり帰った。
会場はまだちょっと夢見心地。温度が上がったまま、brainchild’sのライブは続いた。アンコールでメンバー全員がヒゲダンスを始めたときは大爆笑。あのふざけたツアータイトルの謎も解けて、私は笑いすぎて痛いお腹をよじりながらもスッキリとした気持ちで拍手を送った。
またどこかで
終わったあと、お姉さんが興奮した様子で尋ねた。
「どうでした?」
「めっちゃ楽しかったです!」
私が食い気味に答えると「よかったぁ!」とお姉さんの笑顔が弾けた。まるで我がことのように喜んでいる。ああ、本当にこの人はライブが、イエローモンキーが好きなんだな、となんだか私まで嬉しくなってくる。私自身、会場に来る前よりもイエローモンキーのことが好きになっていたし、ライブへの恐怖心はすっかり消えていた。耳にちょっと膜がかかった感じや、倦怠感とも爽快感ともつかない興奮の余韻も、心地いい。
私はお姉さんにお礼を言い、体を揺らした拍子に何度か手が当たってしまったことを詫びた。お姉さんは「そんなの全然大丈夫」とこれまた笑い飛ばしてくれる。
「私、関東の公演にはよく出没するので、どこかでまた会えたら声かけてください」
そう言い残して、お姉さんはひと足先に会場を去っていった。
お姉さんを見送ってから、私は彼女の名前すら知らないことに気づいた。
どこかでまた会えたら。
約束というにはあまりに不確かで、それでいて奇跡を夢見るようなちょっとロマンティックな言葉を口の中でつぶやいてみる。
どこかでまた会えたら。
それから楽しいライブはいくつも経験したけれど、お姉さんの横で見た『空の青と本当の気持ち』は、やはり私の中で特別な位置にい続けている。新参者を笑顔で受け入れてくれたお姉さんの存在は、私のオタ活への姿勢に変化をもたらした。相変わらずファンを自称するまでのハードルは高めではあるが、好きなものを好きと口にすることの抵抗感は薄れた。
あれから10年以上経った今も、イエローモンキーのライブに行くたびに、私はささやかな期待をこめて周りの客席を見回してしまう。
もしかしたら、どこかにあのお姉さんがいるかもしれない。
最後までお読みくださりありがとうございます。
他にも、イエローモンキーと吉井さんのソロ楽曲からインスピレーションを受けて書いた小説もあるので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
【Cover Source】
Photo by lily611
Edited by 朝矢たかみ