Rosa
普段、要望をあまり強く言わない妻。
その妻が何度も言った言葉。
「Violaの産まれた場所に行ってみたい」
珍しい事なので、その願いを叶えてあげたくなった。
ネットで色々と調べてみる。
そして、1人のブリーダーさんに行き着いた。
「その子なら覚えていますよ。母親も兄弟もいます。よければ来てください」
電話の向こうでの答えだった。
そして、僕らは徳島へと向かった。
山間部にブリーダーさんは住んでいた。
母屋とその隣。少し離れたプレハブの元鉄工所のような建物にたくさんの犬がいた。
ツーンと臭う排泄物の臭い。
足元は糞便の始末がされていない。
「もういいかな?」
妻に聞いた。
最後に母屋とその隣の家の間に繋がれているという姉妹がいるのでその子に会ってから宿泊先へ向かうこととした。
家と家の間から出て来たその子は、懐っこく近寄ってくれた。
しかし、恐らく糞尿のため、毛がベッタリとポマード状態になっていて、僕は頭を撫でてあげることができなかった。
「ごめんよ」
と心の中で謝って手の甲でこの子の鼻にちょこんとタッチした。
この子は、赤ちゃんの時に柵に手を突っ込んでビックリして引き抜いた際に腕が折れてね。
獣医さんに連れて行けばよかったんだけど、応急手当てしたら変な付き方しちゃってね。
もう売り物にならないのでこうして置いているですよ。
ブリーダーさんから出た『売り物』という言葉が妙に頭の中でへばり付いた。
生き物も売り物か。
そう思いながら、車に乗り込み宿へと向かった。
宿で食事をしていると、ゲリラ豪雨が降り出した。
その瞬間、あの糞尿でベッタリの子が頭に浮かんだ。
家と家の間に繋がれていた。
ということは、この雨が屋根から全てあの子に落ちて来ている。
そう思うと苦しくなった。
「あのね・・・」
箸を置いて妻に語りかけた。
「あの子のことでしょ?」
と妻も気になっていたようだ。
「でもね、ちゃんと世話してよ」
連れて帰りたい気持ちも察していたようだ。
もしもし。あ、お昼に寄らせてもらったものですけど。
あの最後に会った子を明日連れて帰りたいんですけど。
僕は電話でブリーダーさんに告げた。
「あの子でいいんですか?黒い子の方が多頭で散歩するには見栄えが良いですよ」
と電話の向こうで言われる。
いや、あの子が良いんです!
そう僕は返した。
「わかりました。じゃあ、3万円でお願いします」
え?お昼には売り物にならない、って言ってたじゃないか!売れると思ったら値がつくのか?
しかも、3万円って中途半端な。本当にあの子が哀れに思えて来た。
翌朝ブリーダーさんのお宅に戻り、車に積んでその子を連れて帰って来た。
鳴くことも無く、暴れることも無く、じっと後ろで大人しくしていた。
なんていじらしいのだろう。僕は運転しながらルームミラーで確認の為、時折チェックしていた。
こんな経緯で我が家にやって来たのがRosaだ。
ブリーダーさんのところでは『小梅』と呼ばれていたが、速攻で名前をRosaに変更した。
我が家には、こうして僕の涙ぐましい努力で犬たちが終結したのだが、全員妻に懐いている。
これは一体どうしたことだろうか。