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国道489号旧道 2 現地探索前編

令和4年12月某日。
上記地図で示したスタート地点から出発して峠越えを目指す。
この地点から右に折り返すように進む道は、ゴルフ場がある四熊地区に通じている現役の道なので、多くはないが車通りがある。しかし旧道方向に入っていく車は今のところ皆無だ。
進行方向には、お馴染み?「この先通り抜け出来ません」。周南市が立てた案内板なので、現在この道は市道なのかと思われるが、見えているガードレールは山口県が管理する道路の証、黄色だ。現道開通前は峠越えの唯一の道であったことも考えれば、この先の道はかつて県道であったはずだ。
なお、例によって探索時には地図読みだけの知識しかない。私自身の探索時の感想や考えを誤りも含めて率直に述べるため、レポートは基本的に探索時の知識を前提に書いていく。探索後に分かったことは後ほど説明したい。

関係者以外立入禁止のA型バリケードが道路脇に寄せられている。問題なく通行可能なようで、まずは一安心といったところ。しかし、この場合の関係者って何だ?

バリケードがあった場所を超えて10メートルくらい旧道に踏み込んだ。左に黄色のガードレール。意外と新しいものに見える。舗装も何だか新しい。
見えている舗装部分の幅は目測で2メートル弱くらいだが、この道の本来の道幅は、左のガードレールと右のデリニエータ(視線誘導標、一般的に反射板)の間くらいの幅であるはずだ。左右両端から土の侵食を受け、そこに植生が芽生えている。かろうじて道路真ん中の1車線分が道路として踏みとどまっている現状だ。だが、その道路部分は非常に綺麗で、この1車線だけは確保しようという人間の意志を感じられる。自動車交通が今でも時々あるのだろう。これが先々どうなるか注目だ。

先程の位置から15メートルほど前進すると、早くもガードレールが植物に飲み込まれてしまった。中央の舗装部分以外は、もはや道ではないのだ。
ガードレールの向こうに神代川のせせらぎがあり、対岸に桜が植えられた平場がある。

対岸の平場の様子。
穏やかな草の絨毯と桜の木。木は人工的に植えられたものだ。ちょっとした花見スポットだな。
なお、私は植物に関する知識は極めて乏しいので、桜と言っているが桜ではないかもしれない・・・。
写真右上には現道を走行するトラックがちらりと写っている。現在地は現道より15メートルほど低いのだが、この比高はやがて逆転することになる。

前進を続ける。スタートから50メートルくらい進んだ地点。道の状態は相変わらずで、真ん中1車線分がほとんど完全な状態で守られている。

左手に人工物。網だ。使い道は不明。右手側はどうなってるかと言うと、

杉の植林地だ。
木の土留めで段々になっている。
そしてこの先に、

家屋が見えてきた!
え、右の分岐?知らないが山で作業するための道かなにかだろう。県道とは関係なさそうなのでスルーした(見るからに強烈な勾配を登っていく余力はない)。

手作り感のあるゲート状のものが家屋へ向かう通路を塞いでいる。体一つで入るのは簡単だが自重する。この家屋は人が住んではいなさそうだが廃屋という感じでもない。倉庫などの用途で使われているのかもしれない。
そしてこのわずか先、今度は右手に、

石積みの擁壁&重機!からの

藤棚?からの

製材所のような施設である。
杉の植林地が近いのでこのような製材所があっても何ら不思議ではない。明らかに現役の施設だ。この旧道を行き来する数少ない常連さんの一人がこの製材所関係者であることは間違いないだろう。

これら家屋と製材所は、地理院地図にも建物として描かれているので、ここに何かあるだろうことは分かっていた。ただ、予想よりも「廃度」が低かったとは言える。道路消失区間までは、あと一つ建物がある予定だ。その建物を過ぎたとき、すなわち道路利用の常連がいない区間に踏み込んだ時、路面の状況がどう変わるのかに注意したい。

製材所エリアを越えてさらに進む。緩やかな登り勾配だが足に負荷を感じるほどではない。
それにしても広い道だ。今でこそ1車線幅しか使われていないようであるが、落ち葉のある両端部をきちんと使えば普通車の離合も容易な道幅がある。
んー、というか、道路が高規格すぎて違和感がある。
そう古くなさそうなガードレール、デリニエータ、カーブミラー、そして舗装された2車線幅の路面。これは「現代」の道路だ。40年近く前に旧道化した道のスペックではないように感じる。旧道化後も何らかの需要があって整備されてきたのだろうか。

ここにきて、左側が杉の植林地となり、右側は地山が迫ってきている状況。製材所以前は右側が杉林だった。

左のガードレールに近づき、杉林越しに神代川の様子を窺った写真。川縁はコンクリートでしっかり固められている。やはりここはかつて人の手が入った杉の植林地なのだろう。現在地との比高は20メートルほどありそうで、橋がなければ対岸には向かえなさそう。先に待ち受けるだろう道路消失地点のことが心配された。

さらに進むと、右手にH鋼を支柱にした土留め工が現れた。かつてここで土砂崩れが発生して道路が使えなくなったことがあったのだろうか。

今でも頑張って道路を守ってくれているのだな。偉いぞ。

そして、2つ上の写真で分かるとおり、土留め工を過ぎるとゆるやかな右カーブとなり、左手の視界が一気に開ける。

現道がよく見える!彼我の距離も高低差もまだまだあるな。
それにしてもこの開放感よ。晴天に恵まれたこともあり、実に気持ちのいい眺めだ。
こちらから現道がよく見えるということは、現道を行く車窓からも私が見えるはずだが、こんな道にいる人間のことを気にかける者などいない。ゆえに目的を同じくする道にいる者同士の間には、一方的な関係性しか存在し得ない。私は、見ているよ。

見晴らし区間でたっぷりの日光と元気を補充してまた歩きだす。現道を見晴らせる区間は50メートルも行かないうちに終わりだ。

再びの見通し悪区間へ。これがこの道のスタンダード。さきほどの見晴らし区間を堺に杉の植林地は途絶え、ここからは雑木にサンドイッチされた道が淡々と続く。登り勾配は変わらず緩やか。

と、雑木となって100メートルもいかないうちに、今度は人為的に拓かれたであろう平場が現れ、再び杉の植林地が顔を出した。何のための平場かよく分からないが、おそらく林業関係だろう。この平場、雑木に侵されていない様子を見るに、最近も人の手が入ったか。
それにしてもこの道、まだスタートから400メートルほどしか歩いていないのだが、目まぐるしく風景が変わって飽きさせないな。

再びの杉林を横目に進むと見えてくるのが、地理院地図で道路消失地点前最後の建物と予告された施設である。

A型バリケードには薄汚れた「関係者以外立入禁止」と不法投棄の警告、そしてアトリエ工房の文字。私は関係者とは言い難いので立ち入らないことにする。

アトリエ工房の様子と対岸の現道。
建物はおそらく現役だろう。アトリエ工房が文字通りアトリエと工房だとすれば、この場所は理想的ではないか。近くに誰も住んでいない、(私のような変な趣味者を除き)誰も通らない、それでいて通うのに支障もない程度に道路が整備されている。町中なら周囲の迷惑を顧みないとして非難されるような芸術的センスの爆発も、ここでならやりたい放題だ。実にいい。
そして現道。先程見たときよりいくぶん比高が増している気がする。私のいるこの道は、本当にあの孤高の現道に合流できるのだろうか。

さて、左手にはアトリエ工房があったが、右手にはこの機械が安置されていた。何の機械かは私には分からないが、雨ざらしで放置されているような痛み方はしていないので、これも現役と思われる。

こうしてアトリエ工房を通過したことにより、地理院地図に記載されていた建物はすべて確認できた。これまでの意外な路面状況の良さがこれら建物利用者の便益のためであったとすれば、ここから先、状況の悪化が懸念されるのは当然のことだろう。
今回のまとめは次のとおり。

次回はアトリエ工房から先の道へ踏み込んでいく。
旧道の命運はいかに。

チョット アヤシイ・・・?

つづく

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