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『地獄遅れ』読了

 いらしてくださって、ありがとうございます。

 12月21日に発売されたオール讀物(文藝春秋)最新号は、早いものでもう『新年号』仕様です。
 表紙には獅子頭と、初詣帰りとみられる晴れ着姿の幼な子のとりあわせで新春の一コマが描かれ、目次ページには、安原成美さんの日本画「栃ノ木と糊空木」(個人蔵)が配され、深い青とゆかしい碧の葉の色が目を楽しませてくれます。
 
 まずは楽しみにしている連載『PRIZE─プライズ─』(村山由佳氏)から読みまして。
 今回は売れっ子作家である主人公・天羽カインが、編集者のずさんな仕事ぶりに激怒し、その出版社から出版目前の作品を引き上げる、という騒動が描かれております。
 
 この原稿引き上げという行為、作品の著作権は著者にありますから、なんらかの失態が出版社側にあった場合、著者がそれを行うに法的問題はないと思われます。が、引き上げられる出版社側としては、それまで投下してきた物心両面のサポートが無に帰すうえに、ライバル社からその作品が出版されるわけで、かなりのダメージかと……。

 もう何年も前ですが、ある作家さまが「今後某社とは仕事をしない。既存作はすべて引き上げる」ことについてSNSで詳細をつぶやいておられまして、それを読むかぎりでは作家さまのお怒りもわからぬではないものの、そこまでしなくとも(それがどれだけの影響をおよぼすかを思えば)と思ったりしたものでしたが……うーん、本作はフィクションとはいえ、その他の作家さまの実際の案件をあれこれ思い出したりもしまして、各方面大丈夫かなぁなどと思ったり。

 話が逸れますが、年末が近いせいか、いつにもまして詐欺メールが頻繁に送られてくる昨今。
 実在の団体のロゴを使ったり、「あなたの家族がいま病院で手術をしており声が出せない」などという誘い文句もあり、それらを受信拒否設定しつつ、「こんなことしてたら地獄に堕ちるぞ」などとつぶやいておるのですが。

 この「PRIZE─プライズ─」の主人公・天羽カインのあまりな傲慢ぶりにも「地獄に……」と毎回つぶやかずにいられなくて……いろんな意味で続きが気になる連載なのでした。

 前置きが長くなりましたが、地獄つながり(?)で今回ご紹介しますのが、本誌に掲載されております蝉谷めぐ実さんの読切作品『地獄遅れ』です。

 地獄世界にも近代化、合理化の波が寄せているようで、冒頭、地獄の獄率の鬼が、懸命にパソコン操作を習得しようとしている姿が描かれます。
 陰惨な地獄絵図の描写の合い間に、鬼たちのユーモラスな会話が挟み込まれつつ、物語は進んでいきます。

 地獄だけあって、堕とされてきた者にはそれぞれの罪状があり、彼らを改心させるための「物腰柔らかな」地蔵菩薩も登場します。
 そこに男女二名を殺めた罪で地獄に堕ちた新入りの男が登場し、彼が「私は仏を信じておりません」と口にしたことで、物語は混沌を極めてまいります。

 仏を信じぬ亡者は、さらなる責苦が待つ下層へと堕とされる。
 にもかかわらず、澄んだ瞳で「仏は信じぬ」とくり返し、「おなじ境遇に出逢えばふたたびおなじことをするだろう」と述べる男は、あえて苦しみを受けようとしているようにも感じられ。
 そんな男の姿は鬼だけでなく、ほかの亡者や地蔵菩薩までもを惹きつけていき、男の犯した罪が明かされてからの展開には、読み終えて深い息を吐きつつ、「あー、すごいもの読んだなぁ」としみじみとした感慨を抱いたのでありました。

 蝉谷めぐ実さんのお作品はこれが初めてで、既刊について調べてみましたら、2020年のデビュー作『化け物心中』(角川文庫)で第11回小説野生時代新人賞、第10回日本歴史時代作家協会賞(新人賞)、第27回中山義秀文学賞の三冠。2022年『おんなの女房』(KADOKAWA)で第10回野村胡堂文学賞、第44回吉川英治文学新人賞の二冠という実力を備えた、いま注目の作家さまでございました。
 
 本作『地獄遅れ』は、「牙上出面げじょうしゅつめん」「抜目鳥ばつもくちょう」といった、ルビを振ってもらっていても目が泳いでしまうような字面が並んでおりまして、正直、読むのは時にしんどくもありました。
 けれど文章のテンポがよく、また、次へと興味をひっぱっていく展開の妙があり、ついつい「読まされてしまう」のです。
 なんと申しましょうか、すごい力技を感じます。
 そして人の生死や罪を扱う作品は、それらをどのように物語に落とし込むかで作家の「質」といいますか「力量」といいますか、とにかくとても大事な手腕が問われる、と個人的に思っておりまして。
 蝉谷めぐ実さんの本作からは、そのお力の一端がうかがえたように思えます。「時代遅れ」ならぬ『地獄遅れ』というタイトルの巧みさもまた。
 
 未知の作家さまの本を手にとるのは勇気がいるものですが、オール讀物のような小説誌でまず短編に触れてみるのもよいきっかけだなと、この数号を購読してみて、あらためて感じておる次第です。

 また、本誌では伊集院静氏の追悼特集も組まれております。
 大沢在昌氏らの追悼文のほか、掌編『夕空晴れて』も全文掲載。なかでもじんと胸に沁みたのは、オール讀物編集長・石井一成氏の「伊集院静さんに教わったこと」の一文でした。
 サイン会で賜った伊集院静氏のお気遣いの言葉と、あたたかな掌のぬくもりを思い出しながら、男気と優しさあふれる稀有な作家さまの早逝が心底惜しまれるのでした。

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 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 先週から体調を崩し、寝たり起きたりで過ごしておりましたら、今度はぎっくり腰に。大掃除のやり残しをどうしたものかと思案中です^^;

 なにかと慌ただしい年の瀬ですが、みなさまもくれぐれもお身体にはお気をつけて、佳き日をお過ごしくださいませね(´ー`)ノ

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