おじさんを言い訳にしない
「おじさん」
という言葉に対する人それぞれの価値観があるんだなぁと思う事が多い。
最近はポッドキャストにどハマりしているので色んな番組を聞いてる中で「もう26歳になっちゃってさぁ」とか「33歳のおじさんだから」とかの言葉を聞くと うっ!!!とボディブローを喰らう時もあるけど、これはそれぞれの主観なので致し方ないと思っている。僕は40歳になるまで自分のことをおじさんと言わないとどっかで決めた気がする。
こないだ指摘されたけど僕は「決めた」とか「違う気がする」とかを使いがちらしい、頑固さや生真面目さがまだ残ってるみたいだ。よく言い過ぎか。
おじさんはネガティブに使われがちだとは思う。自虐だったり、歳をとった、老けたという意味だったり。自分もそうだったと思う。
でもいつからか良い「おじさん」と出会えて、そこからおじさんになるのも悪くないのでは?なんて思えるようになった。
老いは、しんどいし悔しいし儚いけど、強くなれたり美しくもあったりなんて思えたりもする。それはきっと、そんな出会いを出来たからだとも思う。
「もうすっかりおじさんだから」と活動行動を抑えたりしてる人よりも、
「おじさんも負けてらんないなぁ」と色々な活動行動をしていけるようでありたいななんて思う。
だからこそ、そんな良い「おじさん」に敬意を払って40歳まではおじさんぶるのはやめたんだと思う。
今は42歳になって、大手を振っておじさんと言えるのが嬉しくもある。
それでも年上のお友達たちには「まだまだ若いねぇ」なんて言われたりもして、それは少しこそばいけど、でもそりゃそうだと思って、若造ぶったりもできたりするから楽しい。
「おじさんを言い訳にしない」
それが最近のテーマだったりするのかも知れない。
誰かのとっての「あんなおじさんもいいよねぇ」になれますように。
そんな話をポッドキャスト番組「Greenroom Dialog」 #Gログ
に出演して話してみたりしました。良かったら聴いて下さいね。
「決めた」とか「違う気がする」を使ってると指摘してくれたのはこの番組の主「哲」さんです。気づきをありがとうございます。