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使えないおこづかい。

小学校一年生の時、母親が私におこづかいをくれた。

小さな財布も用意してくれ、その中に200円を入れ「大切に使いなさい」と言った。
そして母親はその財布を紙製の箱の中にしまい、その紙箱は冷蔵庫の上に置かれた。

一年生になると同時に定期的におこづかいをもらうようになった子はクラスに何人かいた。
彼らは放課後、駄菓子屋にいっておやつを買ったり、ガチャガチャを回したりしていた。
私もその場面を見ていたから、当然そういうことなんだろうと理解した。

あるとき、クラスで折り紙が流行り出した。
もちろん無地の折り紙でもいいのだけど、女子たるもの、やはり可愛い柄付きの折り紙は仲間内での価値が高かった。

私はクラスでの折り紙の輪に参加したかった。
出来ることなら可愛い折り紙を持って行って、女子同士できゃあきゃ言いながら交換して、友だちを増やしたりしたかった。

それで、冷蔵庫の上の紙箱から小さな財布を取り出し、それを持って少し遠くの文房具屋へ行った。
そこならきっと学区内の駄菓子屋にはない折り紙を置いてるはずだ。
明日、私はクラスでちょっとした人気者になれる。

文房具屋で折り紙をふたつ手に取った。
無地のものと、和風の柄のものだ。

しかし買い物は失敗だった。
レジのおじさんに「200円ではどちらかひとつしか買えないよ」と諭されたのだ。

この日が、私にとっての自由意思での買い物デビューだった。
ふたつの商品の合計と、手持ちの金額を確かめる、という大事なことを考慮に入れてなかった。

どうせ片方しか買えないなら、和風の柄のほうを選べばよかったのだ。
クラスに和風の柄の折り紙を持ってきている子はいなかったはず。
予定通り人気者になれる。

しかし買い物に失敗した恥ずかしさでドギマギしていた私はなぜか「じゃあ、こっちを」と無地のほうを選んでしまった。

しょんぼりしたまま帰宅した私。
財布はもとのように冷蔵庫の上に戻したが、無地の折り紙を見てぼーっとしていた。

すると母親が折り紙に気がついた。

「どうしたの、この折り紙!?」
「買った…」
「お金もないのにどうやって買ったの!!」
「もらったおこづかいで買ったきた」
「えっ!?大事に使いなさいって言ったでしょ」
「だから大事に使ったんだよ」

私にとってはクラスの波に乗るための大事なアイテムだし、もしかしたら友だちを増やすことができるかもしれない、魔法のアイテムが折り紙だったのだ。

「何言ってんの!勝手に使って!!だいたいどうやってお財布とったのよ!しまっといたのに」」

母親はそういうと、冷蔵庫の上の紙箱をさらに奥のほうに押しやった。

「使っちゃいけないんなら、なんでおこづかいくれたの?」

当然といおうか、返事はなかった。
自分で使えないおこづかいに、いったいなんの意味があるだろう。

あとでこっそり試してみたが、もう冷蔵庫の上の紙箱には手が届かなかった。
そしておこづかいはその一回きりで、その後数年のあいだもらえることはなかった。

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あさのしずく
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