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カフェの老夫婦。

その日、私はよくある街のカフェで早めのランチを取っていた。
店内は空いていて静かだ。

そこへ老夫婦が入ってきた。
どちらかは、あるいはふたりともが、耳が遠いのだろう。
彼らの会話はとても大きい。

男性は杖をついている。
女性は手押し車を押している。
ふたりとも歩みはとてつもなくゆっくり。

ふたりは席を取ろうとしていたが、狭い店内を移動するのがなかなかに大変そうだった。

するとふたりのすぐそばにいた若い男性が、席を譲った。
そこなら出入り口にも、レジにも近い。
それに周りに余裕があるから手押し車も余裕で置ける。

ふたりは何度もていねいにお礼を言った。

声が大きいのは高齢者だから仕方のないこと。
そして彼らの態度はとても丁寧だ。

ぜんたいに店内にはほのぼのとして落ち着いた空気が流れていた。

やがてふたりは注文を済ませたらしい。
店員さんが席までパスタやコーヒーを配達してくれたようだ。

それから間もなく聞こえてきたのは、ふたりのやりあう声だった。

老夫婦・夫「食べたくない!」
老夫婦・妻「もう少し生きたかったら食べなきゃダメだよ」
老夫婦・夫「もういい!」

失礼ながら、私は「それもアリだな・・・」と思ってしまった。

男性は、もう十分生きた、と感じているのかもしれない。
老夫婦は、共にかなりの年齢のようだし。

するとそこへ老夫婦の娘と思われる中年の女性がやってきた。
彼女もかなり大きな声で話すので、会話がつつぬけになっている。
やはり耳の遠い方がいるのだろう。

どうやら三人は病院の帰りだったらしい。

してみると、本日の患者は老夫婦のうちの男性のほうだったのかもしれない。
体調がおもわしくなくてヤケクソになっているのか。

だとしたら、彼本来の望みを口にしたとは限らないわけだ。
本当はもっと生きたいと思っているかもしれない。

彼らは店を出て行った。

ふたたび静かになった店内で、私は「健康」とか「老い」とかに思いをはせた。


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あさのしずく
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