クローゼット革命
20代前半の頃、欲しい服を常に探している人生を送っていた。
欲しい服が決まっていて、それを探すというより
“欲しくなるような服を探している”状態。
ビビットカラーのミモレ丈スカート、真っ赤なコート、
ヒールのたっかいスウェードのパンプス、カラシ色のショルダーバッグ…
当時住んでいた実家のクローゼットはパンパンだったのに、
定期的に「なんか着る服がないなあ」と思っていた。
「着る服がない」とはつまり、「着たい!」と思えるような、
それを着て出かける自分を想像して心が躍るような、
そうゆう服がないって意味合いだ。
私の心は満たされていなかったから、
いつもいつも街で服を探していた。
20代後半になって、服の見た目よりも機能性や着心地を重視するようになった。
そして、欲しいかもしれない服を目の当たりにした時、
今ある手持ちの服で代用ができないかを考えるようになった。
すると、私のクローゼットの中にこんな変化が起こった。
まず、「見た目は可愛いんだけどちょっとゴワゴワするニット」が消えた。
次に、「サイズが少しきついけど比較的奮発して買ったワンピース」が消えた。
最後は、「貰い物で捨てられなかったが絶対に着ることのない柄のシャツ」。
そうして出来上がった28歳現在の私のクローゼットは、
“どれを手に取ってもお気に入りしかないクローゼット”へと生まれ変わった。
2軍の服なんてないから、365日毎日1軍の服を身につけて、
いつでも臨戦態勢、いつでもご機嫌。
街へ出ても、服を探さなくなった。
代わりに、街の喧騒に耳を傾けたり、お花屋さんの可愛いお花にときめいたり、
服以外のことに目を向けることが増えた。
持っているものが少ない方が心が満たされるって、哲学だなあなんて思いながら、
もしかして、夜中に突然ソファーを捨てたり、服はもういらないと話す母のように
「ミニマリスト」としての能力が目覚め始めているのかも…と遺伝子の強さを感じた。