【ショートショート】運命

 25歳の俺は大学生の時から付き合っている子と結婚した。無難なプロポーズに結婚式と人間として順調だった。
 結婚式に出席していた同僚である順子に泣きながら「おめでとう」と祝福される。俺は少し照れながら、そうだなと言った。
 妻は怒りっぽく、何かと俺の行動に口出しをしてきた。別にそれが嫌だったわけじゃないが、塵も積もれば山となる。
 順子に相談すると「おんなはそういうものだ」と言われた。同期である順子は、俺の事なかれ主義な面を指摘した。俺は常に争いごとを嫌い、都合が悪くなるとだんまりを決め込む。もちろんこの指摘にも無言で下をうつ向いていた。まあ確かになと。
 妻への不満は増え続けた。そのたびに順子と飲みに行った。
 順子に話したいことがあると言われた。しかし、今日は忙しいから今度にしてくれと断った。
 数日すると、順子が寿退社をするという報告が部署全体にあった。それから、二人で飲みに行くことがきっぱりとなくなった。
 順子が退社する日、送別会が行われた。三次会で解散し、久しぶりに会社外で二人で話した。順子から「最初会ったとき運命の人かと思った」と言われた。俺はそうかと言い、順子は立て続けに「好きだったんだよ」と目を潤わせながら言った。確かに先に出会いたかったなと思った。俺はそうかと言い、わかれた。
 数か月すると、順子のデスクから順子の痕跡が一つもなくなっていた。俺はそのデスクを見つめると、少しだけ胸が痛くなり、最初から誰もいなかったように活動をする部署全体が嫌になった。
 妻とはその後、より仲が悪くなり離婚。子供はできなかった。
 
 82歳の俺は老人ホームにいた。退職後はボランティアに専念していたが、足が効かなくなり引退した。そのあとは、孤独に耐えられなくなり老人ホームにきた。
 いつものように老人たちと話していると、新しい入居者の紹介があった。順子だった。私と順子はすぐにお互いのことに気づいた。順子は旦那さんと死別しここへ来たらしい。付き添っている人は、長男だと紹介してくれたが、長男は不愛想な奴だった。
 長男が去った後、耳元で順子は「やっぱり運命の人だった」と言った。私は「そうかもな」と言った。順子と会ったことで、自分は悪くなかったのだと少しだけ救われた。


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