【小説】牛島 零(4)

前夜

 高校一年生の僕は暗くて、部活も入っていなかったため面白くない生活を送っていた。唯一楽しかった時間は帰る時間だ。僕は毎日、根尾と一緒に帰る。高二の新学期が始まった今日も、また一緒に帰る。

「あーまた同じクラスになれなかったね」

「あーん」

興味なさそうに根尾が反応した。

「お前僕の話興味ないだろ」

「あーん」

「・・・」

死ねよ。いや、正直すぎるだろ。僕が反論できないように、あえて根尾は正直に答えている。

「浮ついた話ないの?」

根尾が僕に話しかけてきた。

「美咲と同じクラスになった」

根尾は食い気味に聞いてくる。

「お前美咲とは今どうなのよ?」

実は付き合っていて、と言いたいところだが、実際は一日に一言二言話すくらいで美咲にはもっと仲のいい男子がいる。僕は見栄を張って根尾に話す。

「まあ順調だよ」

「ならいいわ助けてやらん」

「結構だわ」

そんなゴミみたいな会話をしていると家に着いた。根尾は自分の家のように僕の家に入り込む。今では当たり前だが中学校のとき最初にやられた際は驚いた。

 両親が共働きなので家には誰もいない。根尾はいつもリビングの大きなL字型ソファーに深く腰掛ける。

 そして僕が当たり前のようにお菓子を用意した。いつもと違うところは根尾の手には父のビールがある。

「え?ビール?」

「おーん」

「それは良くないんじゃあないかな」

僕は根尾の行動にくぎを刺した。すると根尾は

「もう俺ら高二だぜ。誰にも文句言われないし、少年法で守られる最後の年だぜ」

と話した。

僕は納得してしまった。

 僕はソファーの後ろから根尾がビールを飲み干すのをただ見ていた。

「うまくはないな。まだ大人じゃない」

大人の判断基準が味覚だなんてさすが根尾だなという感じだ。

「よし!思いついた!」

僕は嫌な予感がした。

「サッカー部の部室を燃やそう!」

終わった。


 一週間後、素面の状態で僕と根尾はお手製モロトフを持って、放課後茂みに隠れていた。冬に余った灯油を某栄養ドリンクの瓶に入れ布をつけた簡単なものである。

「あの部室の中でサッカー部の先輩がチア部で一番かわいい青野さんと日常的にSEXしてるらしいんだわ」

「初耳だわ」

「なあ下村、お前はこの状況許せるのか?お前はひっそりと暮らし、何もないサッカー部だけの看板でいきり散らかしてるやつが、チア部のアイドルとよーSEXしてるのはよお」

根尾は布に火をつけた。僕はかすかな声で言う。

「許せない・・・」

大声で根尾が叫ぶ。

「そうだよなあ?許せねえよなああああああああああああああああ」

僕の一言が合図になり根尾はモロトフを二回の端の部室の窓に投げ込む。そして、びんが割れた音がする

 見る見るうちに火が大きくなっていくのが分かった。窓からサッカー部のエースが顔を出し、助けてくれと叫ぶ。根尾は慌てた様子で消火器を取りに行った。僕はずっとエースの顔を見ていた。

「早く助けを呼んでくれ!」

僕は、はっとした。そして二階の窓から飛び降りてもけががないように、近くにあった陸上の高跳びで使う大きなマットを敷いた。すると、すぐに下半身裸のエースは飛び降りた。勇気が意外とあることと下半身裸であることに感心した。

 しかし、部室からはまだ声がする。青野さんだ。

「青野飛べ!」

「青野さん飛んで!」

青野さんは、下半身裸の男となぜだか名前を知られている男に応援されている。

「私無理!怖い!」

ジョイマンのラップかと思った。まあそんなことは置いといて僕は必死に叫んだ。

「いきたいなら飛べ!」

青野さんは泣きながら不審者と僕を見ている。かわいい。

 そんな中ボヤがひどくなったため、生徒がちらほら事件を見に来た。

 叫んでいる女子やどうしたんだと騒ぎを聞きつけた教師、半裸な男、陰キャ。地獄絵図である。青野さんが窓から見えなくなったおそらく絶望して膝から崩れ落ちたのだろう。

「ズボン貸してくれないか?」

隣からそう聞こえた。確かにそう聞こえた。

「お前さっきまでやってた女が死にかけてるのによくそんなこと言えるな!」

僕はエースの性器を殴った。そして手で股間を抑えるように前かがみになって倒れた。

「よし、これで見えなくなって良かったな」

僕がそんなことを言っていると、消火器を取りに行った根尾が両肩に消火器を担いで帰ってきた。そして部室を開けて消火器二つで部室を見事に鎮火させた。

「おいおいおいおい、SEXのにおいがするなあああ?」

と、大声で叫んだ。青野さんは無事だった。

根尾は部室に入り何か青野さんと話していた。話し声だけがかすかに聞こえる。無能教師たちが二回の部室の階段を上がる。

出てきた根尾はパンツにワイシャツというなかなかパンクな衣装で出てきた。青野さんの肩を担いで帰還した。青野さんは学ランを着ていた。

股間を抑えている男に青野さんはびんたした。根尾は青野さんに言う。

「いや、どっちもどっちでしょ。被害者面スンナくそ女」

青野さんはそういわれた瞬間に泣き出してしまった。


 後にサッカー部エースは部室でSEXしていた罪と放火した罪で退学となった。放火した罪はもともと部室でタバコを吸っていたらしく、それが原因で冤罪を食らった。

 青野さんは得意の被害者面で強姦されていたことを主張し、一週間の休暇を経て復活した。メンタルを整えていたらしいが旅行でもしていたのだろう。休暇が終わり、学校に来た日にチアリーダー部から応援部に移ったらしい。どうやら、根尾の学ランを借りパクして応援部に入ったと仲のいい女子が話していた。

 ちなみに僕と根尾は学校から賞を受け取る予定だったが、これから頑張る人もいるので隠密にしましょうということでその件は白紙になった。


「俺の活躍どうだったよ」

「うん良かったよ」

「消火器二本持ってきて正解だったわ」

「本当にそうだよね」

この会話、実に五回目である。

「それより学ランお前の一着パクったから。サイズもちょうどよくてよかったわ」

「・・・まあいいよ」

「知ってる」

「それじゃあまた放課後」

 チャイムが鳴り二人はクラスへ戻った。一週間前の出来事はまるでなかったように、ほとぼりが冷めていた。

 朝の会が終わると美咲が話しかけてきた。

「今日は何か予定あるの?」

「いや特にないけど」

「よかった~頼みたいことがあるんだよ」

嫌な予感がした。僕の嫌な予感はだいたい当たる。

「友達の彼氏のふりをしてほしいの。友達がさ、困ってるんだよ。変な男にアプローチされててさ」

「その女の子はかわいいの?」

「いや、質問するのそこじゃないでしょ」

「冗談冗談」

「それじゃあよろしくね」

僕はまだ許可を出していない。まあいい。後で根尾に先に帰ってもらうように話そう。


「あ、そう。ほんじゃ先に帰るわ」

昼休みにいつも僕たちは屋上でご飯を食べている。根尾が見つけた通路に梯子をかけて上っていく方法で屋上に上がる。原始的でかつ一歩ふみ間違えたら死ぬスリルのある昼休みを送っている。

 反応が薄い根尾に対して、そこまで深堀されないのは何か理由があるのかなと感じたが口にしなかった。


「なあ、もしもその頭がおかしいといわれている男がナイフを持ってたらどうする?」

なんでそんな質問をするのか気になったが、質問を質問で返したらややこしいことになるので、素直に考えて答えた。

「とりあえず落ち着いてもらうかな」

「どうやって?」

「説得?」

「甘いんだよ」

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昼休みが終わり自分たちの教室へ帰る。

「本当にナイフ持ってたらあれをするのか?根尾だったら」

「根尾だったらするよそりゃ。下村は弱いからできないか」

矢沢みたいなことを言いながら、根尾は無邪気に笑った。


教室へ戻ると美咲が僕の席にいた。

「来るのが遅い」

「ごめんなさい」

「せっかく花音が来てたのに」

「え?竹内花音さん?」

「そう。その子が彼氏役になってほしいって言ってた子」

「任務を全うします!隊長!」

僕は美咲に敬礼した。というのも竹内花音はバスケ部の女子で一番かわいい女の子である。その彼氏役なんて光栄が過ぎる。美咲も調子に乗り

「二人で頑張るぞー!」

と二人で意気込んだ。


 放課後になり二人で竹内花音のクラスへ向かう。竹内のクラスの前までついた。ドアのガラスから男女の姿が見える。

「隊長行ってきます」

「頑張って」

僕はゆっくりとドアを開けて中へ入った。中に入ると竹内とおそらく先輩であろう男が僕を見つめていた。男はロン毛で色黒な、いかにもゲーセンにはびこっているカツアゲ常習犯ような容姿だった。

「どうも竹内の彼氏です」

僕は無難でかつ早急に終わらせるために簡潔に関係を説明した。男はそうなのかと言わんばかりに竹内を見つめていた。もし、ここで竹内が違いますなんて言うようなものなら、ひっぱたく。

 竹内は当たり前のように言う。

「そうよ。私の彼氏の下村君。これで諦めてくれるでしょ?」

男は俺をにらみつけてきた。

「彼氏ならわかることを聞いてもいいか?」

男は急に質問を俺にしてきた。俺はどんな質問が来てもいいように身構えた。そして呼吸を整え、男に向かい頷いた。

「こいつの誕生日はいつだ?」

知らんわ。んなもん。ほなてきとうに答えよ。

「一月二十三日」

ジャイアント馬場の誕生日である。さあどうだ。

「ちげーよ」

だろーな。しらねーもん。

 竹内は終わった顔をしていた。そして男がしゃべりだした。

「俺をあきらめさせるようにお前は彼氏役を頼まれたってことか」

「いや、なんでそんな察しがいいのに、竹内の気持ちが分からないんですか?」

「は?」

僕は口を滑らせてしまった。僕は若干パニックになってしまい言葉が出ない。加えて、身体も動かない。

「二人とも俺を騙してたってことだよな」

竹内がついに口を開く。

「下村君は悪くないの。私がただ頼んだだけだから」

男が指をパキパキ鳴らしてけんかするアピールを始めた。竹内のほうへ向かう。竹内は目をそらさない。

 こんな時、根尾ならどうするだろう。おそらく竹内に近寄って守るだろうな。俺は違う根尾ではない。僕はただ見ていた。

すると、男は右ポケットからナイフを取り出す。

「あ、」


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「甘いんだよ」

根尾はナイフを持っている人に対する対処法を教えてくれた。

「まずな、ナイフを持っている人のほとんどが、ナイフを脅すための道具だと思っている。でもな、ナイフを向けられた人は必ず刺されると思っている。この違いが大事なんだ」

「うん。言わんとしていることは分かるけどそれからどうするの?」

「結論を急ぐな。だからナイフは危険じゃないんだよ。ナイフは刺されないから危険じゃないんだよ。それじゃあ犯人に対するベストな行動は何かわかるか?」

「にげる」

「逃げたら他の人がやられる可能性がある。そしてお前のような気の弱い人間は、刺されたことによって死者が出ると、きっと自責の念に死ぬまでかられるんだよ」

「逃げちゃダメなのか」

「いや、別に逃げてもいい。その苦痛に耐えられるなら」

「耐えられない」

「うん。で、対処する方法は簡単だ。犯人をビビらせて逃がすんだよ」

「どうやって?」

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「ここチャレンジで出たところだ」

僕は男に向かい歩き出した。男はナイフを竹内に向けながら

「近づくな。こいつを殺すぞ」

と、大声で話す。

 僕はそんなことは気にしない。男には竹内を刺す勇気がない。それを知っていた。根尾に教えてもらったことはやはり役に立つ。

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「どうやって?」

「あとは簡単だ。犯人に近づいて自分の脇腹を差し出せ。そうすればびびって犯人は逃げる。脇腹なんて刺されても死なねーからよ」

「わかった」

僕は話半分に聞いていた。

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 僕は犯人の手を握り、自分の脇腹へナイフを刺した。

「お前何してるんだよ!」

男は焦って、ナイフから手を離した。

「おい、殺してみろよ。竹内花音の彼氏をよぉ」

男は腰を抜かして、四足歩行で奇声を発しながら教室を出ていった。

 竹内花音を見て俺は言う。

「どうよ、俺の彼氏の演技はよぉ」

そして、俺は後ろにぶっ倒れた。



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