【小説】牛島 零(13)
デート
僕はあれから数週間たち、根尾がいなくなり顔の腫れも気にならなくなった。
今日は美咲との初デートである。初デートと言ってもたまに登下校は共にしていたので、いまいちデート感というのが分からないが、二人とも意識して初めて出かける。なんかドキドキするな。もちろん銃を携帯している。
ショッピングモールで現地集合をすることになったので、僕は駅へ向かう。向かう道中牛島からSENでメッセージが届いたが見なかった。これから美咲と会うのに誠実でなければならない。
駅につくとすぐに電車が来た音がする。改札を通っていなかったため、急ぐこともなく電車をわざと逃した。余裕をもって駅に着くように家から出てきたので、次の電車でも遅刻することは無い。
僕は電車を待っていると一人の男に話しかけられた。
「君はここの出身かい?」
「は、はぁ・・・」
僕はあやふやな答えをした。親から見ず知らずの人と話してはいけないといわれていたからだ。
「そうか、そうなのか」
男は納得したようにうなずいた。
「君は両親のことは好きかい?」
「さあ」
僕は答えを濁した。実際のところ、僕は母親のことは好きだが、父親のことはそこまで好きではない。
僕はこの人との声をたぶん聞いたことがある。しかし、誰かを思い出すことはできない。有名人かな。顔もひげを生やしていて、スーツを着ているダンディーなイケオジっぽい雰囲気がある。若作りをしているがたぶん僕の父と同じくらいだろう。
「これからなにか予定はある?」
「デートです」
食い気味に答えた。すると、イケオジは目じりにしわを作りにこやかに笑う。
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
「はい」
イケオジはその答えを待っていたかのように立ち上がり去っていった。僕はイケオジにすっかり心を開いてしまったようだ。
そこで、電車が来る。黄色の線の内側に立って電車が止まるのを待った。僕の前に扉が流れてくる。扉のガラスから美咲の顔が見えた。扉が開くと二人とも気まずそうに足元を見る。
乗らなきゃと思い一歩踏み出す。
「おはよう」
美咲が僕に話しかけてきた。
「うん」
僕は美咲の目が見れない。このきもちはなんだろーう・このきもちはなんだろー。
「現地集合じゃなかったの?」
笑いながら美咲が聞いてくる。
「ああ、そのはずだったけど予定変更で」
「デートプランは台無しじゃない?」
「プラン通りだよ」
「どうして?ショッピングモール集合じゃなかったの?」
「いや、そうだけど君の笑顔を朝一で見るのが僕の一番のプランだったから」
そう僕がジョークを言うと美咲は僕の腕をホールドした。
「いいプラン」
美咲が少し照れて下を見ているのを、上から見るのは僕の特権なのだろう。日本が独占禁止法を作ったのがよく分かった。でも僕はこの景色を独占したい。そのために僕は今日の告白を成功しなければならない。
美咲と僕はショッピングモールへ着くと映画の上映時間を見に行った。僕と美咲は有名なアニメの映画を見ることを決めていたため、昼食が終わった後の時間のチケットを買った。
昼食まで時間があったため本屋へ向かった。僕は県の高校の偏差値が載っている本を見ていた。
「なんでそんなの見てるの?」
「いや、僕たちの高校の偏差値が気になってさ」
「そんなの入ってからは関係ないじゃん」
「確かにな。でも僕は僕自身の地位を確かめたいんだよ」
「別にいいじゃんそんなの」
美咲は雑誌コーナーへ向かった。
「あった」
僕の高校の偏差値は55だった。高くもなく低くもない偏差値だ。しかし、去年よりも偏差値が1上がっていた。後輩が頑張ったんだなと思い、重い本をもとの位置に戻した。
美咲は雑誌コーナーのアイドルの表紙を難しそうに見ている。
「どうしたそんな渋い顔をして」
「うーん。このマサキっていう俳優のどこがいいのかわからないんだよね」
マサキというアイドルは俳優としても人気でよくドラマに出ている。女子高生には人気な人物である。
「意外だな。マサキのことそんなに好きじゃないのか」
「びみょい」
「僕はどうなの?」
美咲は表紙と僕の顔を見比べる。
「まあ、マサキの性格が分からないし何とも言えないかな」
「じゃあ僕のほうがいいってコト⁉」
「現状はね」
美咲がマサキのことがものすごく好きなだけか、僕のことが好きなのか、もしくはその両方か僕には理解できなかったが、僕は美咲のことが好きである。
時間がたち、昼の時間が近づいたため僕たちはフードコートへ向かった。僕はハンバーガーを食べて美咲はうどんを食べた。特に面白い話はないのでこれ以上は言及しないことにする。しかし、美咲はうどんを三玉食べて、僕はハンバーガー五個食べた。
「おなか痛くなっちゃった」
「食べすぎだよ」
美咲は僕に対して笑った。僕はそれに対して笑った。
「ねえ映画までまだあるからプリクラとりに行こうよ」
僕は初めてのプリクラだ。
女子がいなくては入れない聖域へと恐る恐る踏み込んだ。どのプリクラの機械にするのか美咲が決めている。僕には選択権はない。
美咲は青い色のプリクラに決めた。二人で中に入るとグリーンバックが出迎えてくれた。
「意外と広いんだな」
「え、初めてなの?」
「おん」
「あ、」
美咲は何か言いたげな感じだったが、言葉を詰まらせていたため言葉が出なかった。たぶんうどんを詰まらせたのだろう。そう、うどんを詰まらせただけだ。
プリクラは密室で閉鎖された空間だった。知ってはいたが心臓の鼓動が早くなってくる。ちなみに不整脈ではない。ゲームセンターのゴミみたいなゲーム音でかき消されていたが美咲はどうだろうか、聴診器があったら君の鼓動が聴けるのに。なんつって。
「もうちょっと近づかないと写らないよ」
「おん」
僕は美咲に近づいた。美咲は僕に肩を寄せる。顔がここにある。近い。どれくらい近いかというとオリバー・カーンが味方選手に説教するときくらい近い。
プリクラのスピーカーから写真を撮りますよー的なアナウンスがされる。緊張しすぎて聞き取れない。
「あ、あ」
「緊張してる?」
「う、うん」
「そっか」
美咲は僕の腕に手をまわして自分の胸に寄せてきた。
「あ、え、あ」
「きんちょーしてるねえ」
僕が美咲の顔を見ているとシャッターが切られた。美咲はしっかりカメラ目線だった。さすが女子だ。決定機は逃さない。
そんなこんなで写真が撮り終わった。さあ加工の時間だ。プリクラの匠によって、写真に写っている女の子の顔がどんどん変わっていった。僕はどのように加工するのかが分からなかった。時間切れによって楽しいお絵描きの時間は終了した。
プリントされた写真が出てくると僕はハンカチに包んだ。
「どうしてハンカチに包むの?」
美咲が僕に問いかける。
「そりゃ大切だからさ。もしも傷がついたらどうするのさ」
「またとればいいんじゃないの」
美咲はそのまま映画館のほうへ歩き出した。写真をポケットに入れて、僕は美咲に置いて行かれないように早歩きをした。
僕たちは映画館についた。もうすでに入場できるらしい。僕はポップコーンを買いに山へ、美咲は洗濯をしに川へ向かった。いやいや、普通にポップコーン買いに行っただけですけどね。
ポップコーンは無難に塩味を選ぶ。男は塩なんだよなあ。美咲はジュースを買いに行ってくれたため、少し時間がかかったが無事合流して劇場へ向かった。
「ねえなんで塩なの?」
ちょっと不機嫌そうに美咲は訴える。
「Salt is 機知」
「本当に意味が分からないんだけど」
マジ切れするたぶん三分前。
「俺が好きだから」
「あ、そう」
案外納得してくれるものなんだな。正直に話してみるものだな。
「これからはキャラメルがあったらキャラメル、なかったらチョコレートね」
「はい!分かりました」
何とか場を収めることに成功した。
僕たちの席は後ろから二列目の真ん中だ。一番後ろの席の真ん中はすでにとられていた。だから二列目を選んだわけだ。
見る映画はスタジオシブイ作品の最新作である。特別スタジオシブイの作品は好きでも嫌いでもないがデートに誘うには良い口実になると考えた。
席に座ると美咲は僕に買ってきたジュースを渡した。美咲と僕の間にポップコーンを置くと、美咲はポップコーンを二個ずつ食べ始めた。
「でかすぎるだろ。このポップコーン」
「確かに大きいね。一番大きいサイズにしたの?」
「おん」
「全部塩」
「ごめんなさい」
このまま結婚したら僕はしりに敷かれるんだろうなと感じた。
映画泥棒の映像が流れ始めた。あー映画館来たな、と思わせる最高のエンターテインメントだが、子供のころは大きな音がトラウマになったのは言うまでもない。久しぶりにこの映像を見たら驚いてジュースをふきだしてしまった。
「え?なにしてるの」
美咲は小声でつぶやく。
「Tシャツが白じゃなくてよかった」
「何言ってるの」
まわりに聞こえないようにこそこそ話している時間はなぜか、映画館に二人しかいない空間のようだった。
僕はタオルをバックから取り出そうと思いバックを持ち上げた。軽い。チャックが空いている。まずい。銃がなくなってる。冷汗が止まらない。どうしよう。こんな時根尾ならどうする。根尾はもういない。一週間前から出てこない。どうする。
「まあ、そー焦るなよ」
「根尾!」
僕はうれしくなって席から立った。どこにいるんだ。僕は後ろを振り向く。
すると、自身の口に人差し指を付けて、僕に銃口を突き付けてきた。そんな。
「」
シアターで流れている映画に反射して顔が分かった。イケオジ。でもどうして。どうして。
僕は映画に吸い込まれるように倒れた。しかし僕はいたって冷静だった。
あー、前の席に誰もいなくてよかったな。
あー、今日のデート台無しだな。
「あれ?」
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