一六銀行
二十歳で家を出てふらっとたどり着いた街は、居心地が良くて、すぐに馴染んだ。
誰も知らない、干渉されないのが何よりも良い。
興味がないといえばそうだけど、なんとなくここにいる人達は私と同じ流れ者が多い気がする。
みんなが知らず知らず傷を舐め合っている…そう思ったら、少しだけ自己肯定感があがる。
この街に来てすぐ、求人の張り紙を握りしめて今働いている質屋に押しかけた。お客さんと顔を合わせなくて良い仕事で丁度よかった。
今日のお客さんはどんな人かな。
ピンポーン
「これ、お願いします」
お客さん水商売かな?派手なピンクのバーキンを持ってきた。
「はい、ではこちらの伝票にお名前、住所、連絡先をお願いします。バッグは見させていただきますので少しお待ちください」
お客さんに書いてもらった伝票とバッグを店長に渡す。
伝票には【風間なぎ】と書かれていた。なんか素敵な名前。
店長に見せて値段をお客さんに金額を提示するのだが、査定をしていると、よく荷物が入ったままだったりする。
口紅やカード、万年筆とかね。
「与田さーん、これ入ってたからお客さんに渡して」
それは色褪せた手紙だった。
私がまだ7歳だった頃
会ったこともない母に宛てた手紙だ…
何が起きているのか、でも確かに私が書いた手紙、胸はドキドキして手は震える。え?お母さんなの?動揺する気持ちを抑えて平然としたふりをする。
「あの、これ入ってましたのでお返しします」
「これも一緒に預かって欲しいの。そしたら絶対にまたあのバーキンを引き取りに来れるから」
「え、あの、でも」
「そうよね、無理なお願いだったわ。これね、娘からの手紙なのよ。10ヶ月の時に離れ離れになってから一度も会えてないの。でもね、一度だけ人を通じて手紙をもらったの。これを持っていたら必ずいつか会えると思ってね。でも、今どうしてもお金が必要で、バーキンは母の形見なの。だから絶対に手放せないんだけど、バーキンは無理なら諦めちゃうと思うの。だから、この手紙を一緒に預けたら絶対何がなんでも引き取りに来れるなって思ってね。自分勝手だったわ、ごめんね」
「あ、預かります!預からせてください!金額はこちらになります」
「本当に?いいの?ありがとうね。必ず引き取りにきます」
「待ってます!」頑張って!くらいの勢いで言った。
期限は3ヶ月。
3ヶ月後、もし引き取りに来た時は名乗り出よう。
母と娘として会いたい。
本当はずっと会いたかったんだもん。
3ヶ月して期限の日がきた。
あの人が来ることは…なかった。
私は、諦めきれず借金をした。店長にお願いしてバーキンと手紙を買い取らせてもらった。事情は話してないが、従業員の特権みたいなことで、誰にも言うなよと釘を刺されつつ承諾してくれた。
これを持っていたら、必ずいつか会える。あの人がそう言ってたから。
今度は、私が持ってるんだ。
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