『労働経済学』を読んで、年功賃金を経済学的に考える

私は、文系の中でも人文系を履修したため、経済学をしっかりと学んだことはありません。診断士の勉強で経済学に触れてから、労働経済学という分野を勉強したいなと思い、清家先生の本を読んでみました。

数式はちょっとしか出てこず、グラフも分かりやすいです。

今回はこの中から賃金に関するお話を取り上げたいと思います。

1.賃金の大原則

賃金の大原則は、成果と賃金は一定期間で見た場合に釣り合っている、というものです。ここで成果とは売上等から経費や会社の取り分を除いたもの、と考えます。

重要なのは、一定期間がどれくらいの期間なのかは、賃金制度によって異なる点です。
 短期間で釣り合わせるためには、成果と賃金がその時々で釣り合うように、成果主義的賃金、極めつけは歩合給が基本となります。一方で、長期間で釣り合わせるためには、年功賃金が適することとなります。

日本では一般的に長期雇用(いわゆる終身雇用)が多く、成果と賃金も長期間、具体的には新卒入社時から定年退職時までで、釣り合うように賃金制度が設計されています。

■定年延長による影響

従来の60歳定年から65歳までの継続雇用へと高齢者の雇用の環境が変わりつつあります。それに従い、60歳以降の賃金をどのようにするかが多くの企業で問題となり、60歳以降の賃金が大幅に減少することが、社会問題となっています。会社によっては、基本給が半減する例もあるようですね。
 これは元々、成果と賃金を長期間で釣り合うように賃金設計を行っていたことが、原因でしょう。60歳までの長期間で、成果と賃金の均衡がとれていた。そのため、60歳以降はその都度成果と賃金を見合うように設定するしかなく、そのために大幅な減少につながってしまった、ということです。つまり、働く側から見れば大幅に下がってしまったように見えますが、会社から見れば60歳以前が成果に対して多い賃金となっていただけで、60歳以降の賃金は成果と釣り合っている、ということでしょう。

この問題を根本的に解決するためには、入社時から60歳定年までの期間で成果と賃金が釣り合うように設計された従来の賃金制度を変更して、入社時から65歳の再雇用終了までの期間で成果と賃金が釣り合うように賃金制度を再設計する必要があります。
 近年多くの企業で見られる、ミドル層の賃金上昇抑制も、こうした考えによるものだと言えます。

■ローパフォーマーの賃金

賃金に関する別の問題として、「いわゆるローパフォーマーの賃金を下げることができないか」とよく相談があります。この点について、成果と賃金の釣り合いから考えてみましょう。
 こうした悩みが発生する前提として、成果と賃金が釣り合わないため(正確には長期的に見て釣り合わないことが想定されるため)、賃金を下げていきたい、という事情があるのだと考えられます。

ここでしっかりと考えておかないといけないのは、成果と賃金が釣り合うタイミングというのは、長期雇用を前提とする場合ほとんどないということです。原理的には、成果が賃金を上回る就業期間の前半の1時点と、賃金が成果を上回る後半の1時点のみでしょう。

そのため、他の従業員と比較して当該従業員が低い評価なのであれば、その時々の成果と賃金のギャップの大きさに関わらず、適切な処遇に変更しなければなりません。要するに、その時々の評価に基づいて、昇給額を低く抑えたり昇給を無しとする等の対応を、しっかりと取らなければならないということです。
 仮に、他の従業員も成果に見合わない高い賃金を支払っている場合(特に入社後すぐ)であっても、賃金よりも成果が一応は上回っている場合(特にミドル層において)であってもです。
 この対応を怠り、当たり障りのない評価と処遇を続けたために、徐々に標準的な成果と賃金のカーブからの逸脱が広がってしまい、「ローパフォーマーの賃金を下げることができないか」という悩みに発展してしまったわけです。

繰り返しますが、入社時から定年退職時までの成果と賃金の釣り合いが取れるように、賃金制度ができているのです。そのため、評価に基づいて適宜賃金のカーブを調整していかないと、釣り合いが取れないことになってしまいます。

2.短期間で均衡を取ろうと思ったら

長期雇用を前提としているために、成果と賃金にギャップが生じる期間があり、入社時から定年退職時まででみると、釣り合いが取れているということでした。
 では、短期間で釣り合いを取ろうと思ったら、どのような賃金制度にすればよいでしょうか。

この場合、成果と賃金が都度釣り合う制度にする必要がありますので、歩合給制度成果給制度、あるいは職務給制度が適しています。

成果と賃金の釣り合いとしては、歩合給制度が一番分かりやすいですね。成果に応じて賃金が都度決まっていくという仕組みです。
 成果給制度は、一般的には目標を定めたうえで、その達成度に見合った賃金にするというものです。目標を定めて達成度を評価する期間が仮に1年間だった場合、1年間のタイムラグがありながら、成果と賃金が釣り合うことになります。
 職務給制度は、職務の難易度に応じて、賃金が決まるという制度です。職務の難易度=成果、あるいは企業への貢献度と考えれば、採用時など職務が決まった時点で暫定的な賃金が決定し、その後評価を経つつ賃金が調整されていくことになります。そのため、どちらかというと前払い的な要素が発生します。

これらの制度を導入する際には、短期間で均衡を取るための制度であることを、十分認識した上で、金額等を設計する必要があります。

■適切な評価が前提となる

短期間で均衡を取るためには、賃金制度の前に、評価制度がしっかりとしていなければなりません。成果等が適切に評価できなければ、それに見合った賃金に調整することができませんので、ある意味で当然のことです。
 逆に、個人の成果を評価することが難しい場合、短期間で均衡を取る制度の運用そのものが、難しいと言えます。
 具体的には、次のような点に注意が必要です。

①評価技術
評価者が適切な評価を行う能力を有していなければなりません。そのため評価者のための評価技術に関する研修等を行う必要があります。

②評価の透明性
今回はあまり触れていませんでしたが、賃金制度には、労働者のモチベーションを上げるという重要な要素があります。そのため、評価が不透明で自分がなぜこの評価なのか分からない状況では、労働者のモチベーションは上がりません。
 そのため、評価に対する適切なフィードバックが不可欠です。ただ高評価の場合も低評価の場合も、フィードバックは難しいですので、こちらも研修が必要でしょう。なお、歩合給の場合は評価がかなり客観的に決まるはずですので、この点はあまり重要ではないかもしれませんね。

③自発的なキャリア育成
冒頭に紹介した本では、「仕事の配分」として、仕事を通じた能力向上に関して、企業が公平な機会を与えることが重要、という趣旨の内容が書かれていました。しかしながら、この考え方は少し会社に依存しすぎている気がしましたので、ここでは自発的に自身のキャリア開発を行う、としました。
 要するに、高い評価が得られるように、自身でキャリア開発を行う必要があるということです。

3.効率賃金とモニタリングコスト

短期間で均衡を取るためには、評価が不可欠であるという話でした。その対偶は、評価が正確にできないのであれば、長期間で均衡を取るしかないことになります。
 日々、業務遂行状況を監視して評価すると、モニタリングコストがかかりますので、非経済的です。それよりも、就業の前半において、成果よりも低い賃金を支払っておき、会社にいわゆる供託金を預けさせる。そして就業の後半にかけてその供託金を返していく、といういわゆる年功的な賃金制度にすることで、監視する手間が省ける、というわけです。

■効率賃金とその罠

ここで重要な概念として効率賃金という考え方があります。

企業は他の企業よりも高い賃金を支払うことで、労働者の限界生産力自体を上昇させることがある。企業が追加的に支払う賃金と、それによる上昇する労働者の限界生産力が等しいような賃金を効率賃金(efficiency wage)と呼ぶ。

労働者は、より高い賃金を受け取ると生産性が向上する、という前提に立った考え方です。なぜ生産性が向上するかというと、

  1. サボっていることがばれたときに、解雇させられたくないから、サボらないため

  2. 使用者からの贈り物に対して、返礼しようとするため

  3. 離職率の低下により、企業側の追加コストがかからないため

  4. 就業希望者が多く集まり、その中から選別することができるため

といった理由が考えられます。

しかしこれを読んで、効率賃金の罠もあると考えました。特に日本では、サボっている労働者を、自由に解雇できるわけではありません。そのため、ばれないようにサボっている労働者がいた場合、効率賃金を手放すことを恐れて、当該企業にしがみつくのではないかと。そうした事例が、大企業を中心に発生しているのではないかな、とこれまでの経験から感じるわけです。
 つまり、効率賃金は確かにモニタリングコストの節約にはつながりますが、とはいえ適切な評価は節目で行い、それに見合った処遇をしていなければ、成果と賃金のギャップは広がってしまうのではないかと、考えます。

繰り返しとなりますが、問題社員はいきなり発生するわけではありません。むしろ、企業側が創り出している側面もあります。こまめに対応して、様々なギャップを埋めることが必要でしょう。


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