職場におけるLGBT 『LGBTとハラスメント』を読んで

先日、経済産業省におけるトランスジェンダーの職員が、性自認に基づくトイレの使用を制限されたこと等が不当であるとして、国を訴えた裁判で、高裁判決が出ていました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210527/k10013054841000.html 
―【性同一性障害の経産省職員 女性用トイレ使用 2審は認めず】NHKニュース、2021年5月27日 18時34分

職場において、性的マイノリティの方への対応は、まだ大きな問題にはなっていないと考えていますが、そもそもどのような対応が必要になってくるのか、今のうちに考えておく必要があると思い、少し勉強してみました。

職場におけるLGBTへの対応と言うと、例えば多目的トイレを設置するとか、結婚休暇等の性的マジョリティを前提とした制度をLGBTの方が周囲に知られないように使用できるようにするとか、そうした対応を思い浮かべるかもしれません。

しかし本書を読んでよく考えてみると、こうした対応は職場におけるLGBTの問題の極一部、より具体的に言えば表面的な問題にすぎないことが分かります。本質的な部分を理解していなければ、こうした対応を取ったからと言って、何の問題解決にもなりません。

1.性の多様性を整理するための四要素

LGBTは性的マイノリティを総称している概念にすぎません。より正確には、LGBとTは分類としては大きく異なります。この点を理解する際に重要な四要素を本書では紹介しています。

一つは、生まれた時に割り当てられる「法律上の性別」。これは、出生時に身体、性器の形などから、お医者さん等に「女の子ですね」「男の子ですね」と言われ、それが役所に届け出されて、法律上女性か男性に割り当てられる性別のことをいいます。次に「性自認」。これは自分の性別をどのように認識しているかを表す要素です。「自分のことを女性だと認識している」「男性だと思っている」「男女どちらでもない生き方をしたい」など、そのあり方はさまざまです。また「性表現」という要素もあります。これは社会的にどのように振る舞うかというもので、例えば「俺」「僕」「私」といった一人称や、スカートやパンツスタイルといった服装について、どのような性別の表現を行っているか、というものです。そして「性的指向」。これは、自分の恋愛や性愛の感情がどの性別に向くか、向かないかという要素です。同性に向く人もいれば、異性に向く人も、両方に向く人もどちらにも向かないという人もいます。ちなみに「嗜好」や「志向」という言葉を想起される人もいますが、性的指向はあくまでも自分の恋愛や性愛の感情がどの性別に「向くか」ということを「指して」いるため「指向」という字を用います。

神谷悠一,松岡宗嗣. LGBTとハラスメント.集英社新書,2020.

例えば、L=レズビアン。この方は

  • 性別:女性

  • 性自認:女性

  • 性表現:分からない(女性的な表現の人もいれば、男性的な表現の人もいる)

  • 性的指向:女性

となります。また、T=トランスジェンダーの方で、M→Fの人は、

  • 性別:男性

  • 性自認:女性

  • 性表現:分からない

  • 性的指向:男性

となることが一般的です。

しかしより正確に考えると、トランスジェンダー(M→F)の人で、レズビアンの人もいるはずですので、

  • 性別:男性

  • 性自認:女性

  • 性表現:分からない

  • 性的指向:女性

という方もいるということです。

そして個人的にややこしい、と言うか誤解されていると思うのは、性表現が中性よりの方です。例えば、

  • 性別:男性

  • 性自認:男性

  • 性表現:中性~女性

  • 性的指向:女性

という人もいます。
 性自認や性的指向は大っぴらにするものではありませんので、性表現から勝手に、この人はホモセクシュアルなのか、あるいはトランスジェンダーなのかと憶測されて、挙句の果てにそれをいじられたりします。

あるいは、学生の制服問題。性別が女性の学生が、「スカートを履きたくない」と主張したときに、周囲が勝手に「レズビアンなのか、トランスジェンダーなのか」と考えがちですが、ただの性表現の違いということもあるわけです(そうした意味では、性表現は文化的なものに大きく左右されそうですね)。

この四要素による整理は、個人的には新しい発見であり、この問題の本質を整理する一つのカギとなると考えています。

2.職場での問題は「性自認と性的指向」

性的表現そのものは、LGBTとは関係のない要素なので、職場では、SOGIハラスメント、つまり性自認と性的指向に関するハラスメントが問題となります。具体的には、セクハラ防止指針には、「被害を受けたも者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となる」とされていますし、パワハラ防止指針に以下のように定義されています。

パワーハラスメントに該当すると考えられる例ロ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言) ①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。へ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)②労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

厚生労働省.事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針.令和2年1月.

まず、前者の侮辱的な言動に関してですが、性的マイノリティに関する知識が不足していると、往々にしておきがちです。例えば冒頭紹介した裁判でも、上司が「性転換手術を受けないのなら男に戻ってはどうか」という侮辱的な発言をしています。これはトランスジェンダーに関する根本的な知識不足です。

また、一見すると性的指向に関する言動は、職場では起きえないように感じるかもしれませんが、例えば若い従業員に「彼女/彼氏はいるの?」「良ければだれか紹介しようか」という発言は、ハラスメントにあたるかもしれません。
 要するに業務上は性的指向に関する言動はないかもしれませんが、業務外の雑談で無意識のうちに話題にしている可能性があるのです。

そして、より大きな問題が、後者の本人の了解を得ずに他の労働者に暴露する、アウティングです。ケースによっては、アウティングをきっかけに、本人が自殺にまで至ってしまうことがあるほど、大きな問題であることを、正しく認識しておかなければなりません。
 というのも、やはり性的マイノリティに対する偏見は根深いものです。そのため、LGBTの方にとって、誰がそれを知っているのかは、非常に繊細な情報なのです。

もちろん、人事担当者など一部の知りえた人が、勝手に他の人に知らせてしまうのは問題ですが、それ以外にも、例えば社内の書類のやり取りをした際に、思いがけず他人に知られてしまうとか、性別の記載がある名簿をチラッと見た人が知ってしまうとか、気を付けておかないと発生しかねません。

3.具体的な対応方法

最後に、具体的に今できることを考えてみようと思います。

何より重要なのは、正しい知識を身に着けることにあると考えています。今回、こちらの本も合わせて読んでみました。

こちらでは、「良心」によって「普通」を押しつける危険性があり、それよりも正しい知識を身に着けることの方が重要であると指摘しています。

独りよがりで知ったかぶりの「いい人」アピールよりも、正確な知識を持っていることの方が、他者を差別しないためには重要なのです。じっくりと冷静に知識を得ることで、自称「いい人」から多くの人が脱皮することが、差別のない世の中を作る一番の近道だと、私は考えています。

森山至貴.LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門.ちくま新書,2017. 

そのため、これまでのハラスメント研修の一環として、LGBTに関する研修をメニューとして入れると言った形で、多くの従業員に対して広く知識を伝えると良いでしょう。
 多くの従業員に対して研修をすることは、すなわち会社としての方針を明確に示すことに繋がりますので、LGBTの従業員にとっても、安心感と言うか働きやすい職場に繋がってくると思います。

また、トイレや更衣室、その他制服など、性別によって区別しているものは、性自認に基づいた使用を認める方向で検討すべきであると考えます。
 その際に、特に女性側からは反対意見が出るかもしれませんが、はっきり申し上げるとそうした意見は知識不足や偏見に基づくものが多いので、会社としてそれを解消するように努める必要があるでしょう。

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