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曲がり角の製薬業界

現在のような体制は命を最大限に延ばすことを製薬会社側からとらえた結果です。だから特許があり自由市場があります。自然にできたものではなく、人間の意図で作られたものなのです。
( 薬は誰のものか より)

こんにちは。製薬SaaSを作っている浅野(@asanoboy)です。

今日はぼくが製薬業界に関わり始めて大きな衝撃を受け、また同時に好奇心を刺激されたテーマについて書こうと思います。何の話かというと、業界のビジネスモデルに関する問題です。

冒頭の言葉が示唆しているのは、製薬会社の利益追求生命インフラという二面性です。この関係は製薬業界において極めて特徴的であり、同時に多くの課題を突きつけるものです。

まずは順を追って歴史から見ていきましょう。

ライフサイエンスの成功

ライフサイエンスは20世紀に最も成功した産業の一つです。中でも抗生物質は同世紀で最も人類を幸福にした発明と言われています。その影響は平均寿命の推移に見て取ることが出来ます。

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日本では戦後から現在に至るまで20年ほど平均寿命が伸びています。また厚生省の平均余命の推移によると1920年代までは平均寿命は40歳代です。

このように100年前は今よりも死がずっと身近にありました。

この成功を支えたのは公衆衛生と科学技術の発展です。この間の進歩をイメージしてもらうために、歴代のノーベル生理学・医学賞を抜粋します。

1902年 マラリアの感染経路の発見
1924年 心電図の機構の発見
1945年 ペニシリン(初の抗生物質)の発見
1962年 DNAの二重螺旋構造の発見
1972年 コンピュータ断層撮影(CTスキャン)の開発
1995年 初期胚発生における遺伝的制御に関する発見
wikipediaより )

20世紀のライフサイエンスはこのような偉大な発見と、死に脅かされていた時代背景が合わさることによって、非常に大きな成功を遂げました。

成長期の製薬業界

製薬業界はライフサイエンスの成功を支えた産業の一つです。特に株式市場においては最も成長したのではないでしょうか。ここからは製薬業界がどのように成長してきたのかを説明します。

まず製薬ビジネスには際立った特徴があります。それは「新薬の開発には莫大な費用がかかる」ということです。

日本では、ひとつの薬ができるまでに、9〜17年もの歳月を要します。その間にかかる費用は約500億円といわれています。
中外製薬より )

しかもこの歳月や費用には大きなばらつきがあり、新薬を開発できるかどうかというのはいわばです。

このようなリスクのある開発資金を集めようとすると、株券発行して株主から資金を集めるしか方法がありません。これが製薬会社が利益追求生命インフラという2つの目的を持つ理由です。ちなみに病院や大学では利益追求が制限されており、株券発行は認められていません。

このモデルは20世紀の成長トレンドにマッチしていました。加えて、当時の薬剤は一度製法が確立してしまえば、低コストで大量生産することが出来ました。雑な言い方をすれば「一発当てればガッポリ」なビジネスだったと言えるでしょう。

有効な新薬までたどり着けば、特許によって利益を独占できるため、製薬会社は研究開発に大きく投資できたというわけです。ここが製薬がライセンスビジネスだと言われる所以です。

製薬を支える制度

ライセンスモデルに支えられてきた製薬業界の悩みはライセンス切れです。新薬を独占販売できる期間は10年程度です。それ以降は他社でも同じ成分の薬剤を販売できるようになるため、売上が大幅に落ちます。いわゆるジェネリック薬というやつですね。

こうして新薬を作り続ける宿命を負った製薬業界は、技術革新を武器にますます開発力を高度化させていくのですが、それでも投資に見合った疾患領域は徐々に枯渇していきます。

そこで利益が見込みにくい領域に対しても、製薬会社が開発投資できるように作られた制度があります。ここでは2つ紹介します。

高額医療費制度

2020年度の国内売上ランキング上位20薬剤中、7薬剤ががん領域となっており、製薬業界が積極的に投資していることが分かります。興味深いことにそれらはどれも非常に高価で、1位のキイトルーダはある年度の薬価では、患者一人に年間1200万円かかるそうです。

「一体誰がそんな費用を払えるんだ?」と思いませんか?

ご安心ください。日本には「高額医療費制度」があるので、患者は一定費用しか負担しなくても薬を処方してもらえます。

一見するとこれは患者に寄り添った制度ですが、ここまで説明すると実は製薬会社にも配慮された制度であることが分かるでしょう。この制度のおかげでより多くの患者にも処方され、その分の売上が見込めるのです。

オーファンドラッグ制度

オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)というのは、難病で、かつ患者数が少ないため、研究開発が進まないような薬のことです。希少疾患というと筋ジストロフィーが有名です。

この制度では政府がオーファンドラッグ認定した薬剤については、開発を支援してくれます。支援の内容は以下となっており、総じて開発コストに対する支援です。

1. 助成金の交付
2. 指導・助言
3. 税制措置
4. 優先審査
5. 再審査期間の延長
( 厚生労働省より)

この制度のおかげで研究開発の費用を抑えられるため、製薬会社にとって開発する動機が生まれるわけです。

成熟期を迎えた製薬業界

この100年、製薬業界が産み出した数々の薬剤で、人間の一生は大きく変わりました。では平均寿命の伸びも徐々に限界が見えてきたこの時代で、いつまで製薬会社は新薬を開発し続けるべきなのでしょうか?もし新薬を開発する必要がない時代になったら、役目は終わるのでしょうか?

これは非常に難しい問いですが、少なくとも新薬の需要がなくなったからと言って製薬業界が不要になることはありません。日々処方される薬を生産することや、新しく発見される疫病に対抗することなど、生命インフラを支える役割が残されています。

ですが新薬のライセンス売上に依存したビジネスモデルは持続的とは言えませんので、少しずつ変化が求められていくでしょう。それがどういう形なのかはまだ分かりませんが、市場から読み取れることもあります。

世界医薬品市場の2021年~25年までの年平均成長率は3~6%。... 国別にみると、米国が6050億ドル~6350億ドル(成長率2~5%)で世界市場の第1位をキープ。次いで中国が1700億ドル~2000億ドル(4.5~7.5%)で第2位となる。日本は750億ドル~950億ドルで第3位を死守するものの、成長率は-2から1%と低成長が見込まれている。
IQVIA調査より )

世界市場はまだ伸びていますが、日本だけ高齢化による医療費削減政策のため落ち込んできています。ですが高齢化を抱える国は日本だけではありませんので、市場の縮小は他の国にも波及するかもしれません。

そしてアメリカの売上にも注目してください。ぶっちぎりのNo1ですが、この国では最近平均寿命が下がっております。売上は上がってるのに寿命は下がってるとは、どういうことなんでしょうか。ここにも根深い問題がありそうですね。

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ざっくりになりますが製薬業界の置かれた状況についてイメージできたでしょうか?単純な議論では片付かない問題ですが、敢えて新薬のライセンスにスポットを当てて説明しました。

再び冒頭の言葉を引用します。

現在のような体制は命を最大限に延ばすことを製薬会社側からとらえた結果です。だから特許があり自由市場があります。自然にできたものではなく、人間の意図で作られたものなのです。

この曲がり角を人類はどのように超えていくのか、是非明るい未来を創っていきたいですね。

ではまた。


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