【世界を考える】自由貿易は誰を利するか~開発経済学の視点から~
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が2016年に署名され、日本は翌2017年に国内手続きを完了しました。アメリカの離脱もニュースになり、度々テレビで耳にした方も多いのではないでしょうか。しかし国内でも当初反対、賛成双方の意見があり、メリット・デメリットをどのように捉えたらよいのか迷われた方もいるのではないでしょうか。
今回は、貿易が国や経済に与える影響についてこれまでどのような議論がなされてきたのか、開発経済学の観点から概観してみたいと思います。
開発経済学とは?
「開発経済学は途上国の貧困の原因や特質を明らかにし、貧困の撲滅を可能にする開発戦略のあり方を探求してきた経済学の一分野」(絵所, 1997)です。国の経済発展において貿易をどのように捉えるかというのは重要な論点であるため、これまでの研究において貿易がどのように評価されてきたのかを振り返ることは、グローバル化した現代の国際情勢を理解する上でも有益であると考え今回記事にしました。
開発経済学については、過去の記事でも解説していますのでご関心があればご覧ください。
TPPとは?
ご存知のとおり、TPPは簡単にいうと、貿易や投資のルールを定める協定です。「輸入品に課される税」である関税は、その税率の設定によって海外からの輸入品の国内での販売価格を大きく左右する=輸入品がどれだけ売れるか、国内産がどれだけ売れるか、に影響を与えるため重視されています。関税は各国の国内法によって決められますが、関税を高く設定すると海外から輸入品が入ってき辛くなります(保護貿易)。そこで条約によってモノの関税について取り決めをし、モノや投資、サービスが国家を越えて自由に行き来できるようにすることはTPPにおいて重要な目的の一つとなっています(自由貿易)。
日本の立場
関税は品目ごとに設定され多様な利害関係があることから国内での議論は様々に展開されましたが、日本は結局TPPに署名しています。経済産業省が2017年に出している通商白書(2017)では、第一節で自由貿易のメリットが詳しく解説されています。しかし、だからといって日本において関税が完全に撤廃されたわけではなく、例えば日本はお米にはかなりの関税をかけています(精米で1キロ当たり400円以上。正確には税関ウェブサイトから実行関税率表をご参照ください)。国内産業の保護と自由貿易のメリットの享受と、単純ではない複雑な関係が垣間見えてきます。
自由貿易についてよく聞く話
では、皆さんは自由貿易についてどのようなイメージを持っていらっしゃるでしょうか。少なくとも私のころは小学校の社会科で輸出入の話をちらっと学んだものの、国際貿易そのものの仕組みについては時間をかけて学んだことがなかったように思います。
前掲の通商白書の記述からも感じるように、最近の議論としては、保護貿易のデメリットを強調し、自由貿易のメリットを主張する意見を聞くことが多いのではないでしょうか。経済学で有名なリカードの「比較生産費説」(=国内で比較的得意な/効率的に生産できる産業に注力し、余剰分を輸出し足りないものを輸入することで労働生産性が高まり享受できる商品の質も高まり関わる各国にとってメリットがあるという説)などが引用され、関税などの障壁をできるだけ撤廃し自由貿易を推し進めるべき、という主張はよく耳にしますし、第二次世界大戦開戦の一要因として各国の保護主義的政策(=世界的な不景気において、自国に十分な市場がある国が自国内の経済を優先しブロック経済をしいたことで、経済的に困窮した国が戦争に走ったという説明)をあげる人もいます。
数字や論拠を示して解説されているものも多く、なるほどと思う一方、「自由貿易を是とする主張は開発途上国にもあてはまるのか?」「技術力の不足で一次産品に比較優位を持つ場合工業製品の輸出国と比べて不利にならないのか?」「貿易において物価や為替の影響を使い”安く買って高く売る”ことに長けた商社や多国籍企業が育っている国に利益が集中してしまうのではないか?」など様々な疑問も浮かびます。
開発経済学における貿易の見方
それでは開発経済学の歴史の中では、貿易はどのように評価・分析されてきたのでしょうか。
まず、伝統的な開発理論においては、細かくは様々な学説がありますが、ポイントとして、開発途上国においては自由貿易を推進するだけでは貧困解決につながるとは言えない、と考えます。
農作物などの一次産品の輸出に頼っていると、工業製品を輸出するより不利であり、なかなか経済成長につなげることは難しい、とする輸出ペシミズム論などの主張があります。
途上国が輸入に頼っている工業製品を国内で生産できるようにする輸入代替工業化政策を進め国内の工業化を推進することなどが提案され、ともかく、自由貿易頼みでなく、国内で政府の積極的な介入で産業を育てることを重視してきました。
そして伝統的な開発理論から発展し、さらに強い主張をする国際従属学派は、国際社会の資本主義システムの中で従属的な立場となってしまっている途上国にとっては、現在の世界システムを変えていくことが必要であると主張します。先進国との経済関係を断ち切ることをも示唆する主張ととれます。
しかし、途上国の経済成長には自由貿易頼みではなく政府による介入など異なる手段が必要と考えるこれらの主張は、政府の介入政策が失敗することもあるという事例から批判されました。また、途上国が自由貿易頼みでは経済成長し辛いことの理由である、途上国における市場の制約や価格調整メカニズムの挙動などを定式的にモデル化して説明しきれなかったことから説得力が欠けるといわれることになりました。
新古典派においては、政府の介入は市場を歪めており、自由市場を信頼して貿易自由化を進めるべきだと主張します。自由貿易によってあらゆる国が貿易の利益を享受できると考えます。
確かに、前掲の通商白書での説明においても、貿易によって各国にどれだけ利益があったがか数字をもって示されており、説得力がありますが、状況の異なる途上国について十分に分析されているかという点に疑問が残ります。
新古典派の主張は完全市場が前提とされていますが、途上国には情報が十分行き届いていなかったり(情報の非対称性)、完全市場が成立しているとは言えないことが多く、このような状況下での貿易自由化は市場の失敗を起こし途上国にとっては不利益がある場合がある、として批判されます。
ただ、新古典派の主張から、どんなに世界のシステムが途上国にとって不公平であったとしても、多くの途上国にとって先進国との貿易が唯一の技術や資本の供給源となっているという気付きがうまれました。
新しい考え方
上にみた開発経済学における議論で、それぞれの主張にもっともな点もあれば、批判の多い点もあることがわかりました。これらを踏まえ、現在はどのように貿易は捉えられているのでしょう。
確かに統計からみれば、貿易に参加した国の方が、参加していない国より経済的に恩恵を受けた、ということが言えるようです。ただし、その経済成長は平等な形では進行しません。
これを前提に、経済成長以外の指標で国を捉えようとする考え方や、どのようにすれば途上国にとっても自由貿易が有効に機能するかを考えようとする議論、貿易のルールはどのようにあるべきかを考える議論などがなされています。
途上国の実情も多様であり、現場の文脈を踏まえた対応が必要で、貿易政策の正解は一つではありません。理解を深めるには各国の事例に基づいてもう少し勉強する必要がありそうです。
疑問点
昔から多様な議論が続けられてきたことをざっくり概観してみてとても面白かったのですが、では、各国の状況が異なり望ましい貿易政策も異なるということを認めた上で、どんな国ではどんな貿易政策がよいのか、どのようにそれを判断して各国の政策は形成されているのかさらに知りたく思いました。
また、自由貿易を是としつつ、品目によって関税は異なり、各国の政策策定能力や力関係によって貿易の利益が左右されることは多分にありうるということがよくわかり、普段ニュースでは語られない詳細をみれば、国際関係をより深く考察するヒントになるのではないかと感じました。
最後に
最後までお読みいただきありがとうございます。本稿は筆者が関心に従い勉強したい事柄について自身も学びながら以下に掲載する参考文献を参照し執筆しているものです。理解の不十分な点や単純化しすぎている点、誤りもあるかもしれません。ご関心を持たれた方は是非原典にあたられて、理解を進めていただけましたら幸いです。
参考文献
・「関税のしくみ」, 税関ウエブサイト, 2021,3,11アクセスhttps://www.customs.go.jp/shiryo/kanzei_shikumi.htm
・「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」 , 内閣官房TPP政府対策本部, 平成 27 年 10 月 5 日
・「通商白書2017年版」, 経済産業省, 2017
・「開発経済学における貿易政策の評価をめぐる一考察」, 木越義則, 内藤友紀, 関西大学『経済論集』第61巻第1号(2011年6月)
・「チョコレートの真実」、キャロル・オフ著、北村陽子訳、2015