視点と仮説でリソース不足をカバー① ──世界のバレーボールのトレンドをブロッカーの視点から解く|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2022年9月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第9回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭
京都先端科学大学特任教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

一般的に、スポーツパフォーマンス分析は研究者やチーム所属のアナリストが行うものというイメージがあるかもしれない。しかし、限られた時間やツールの中で専門家を驚かせる分析を行っている人たちがいる。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 昨年の東京2020オリンピックでの男子バレーボールの結果は、世界中のバレーボール関係者やファンを驚かせました。2004年のアテネ大会以降、メダルを獲得していたのは常にブラジル、イタリア、ロシア、アメリカのいずれかの国でした。しかし東京大会で金メダルを獲得したのは、これが初のメダルとなるフランス、また銅メダルを獲得したのは8大会ぶりのメダルとなるアルゼンチンだったのです。

 この大きな変化の裏にある戦術的な要因に関して、今年、1つの分析結果が国内のバレーボール関係者の注目を集めました。3月5日に開催された「日本バレーボール学会第27回大会」において一般研究優秀賞を受賞した「TOKYO 2020男子大会における、アルゼンチンチームの特徴的ブロック戦術に関する検討」(渡辺寿規,若⽉建吾,⼤澤仁,百⽣剣太) 1)です。私がこの発表に注目した理由は、もちろんその内容にもありますが、もう1つ、この発表を行ったのが競技団体やチームに所属するアナリストでも、大学の研究者でもなく、いわば「市井の研究者」を中心としたグループだったという点です。分析を行う時間もツールも十分ではない中で、学会で高く評価される結果を導き出した分析の裏には、スポーツパフォーマンス分析を行う上での普遍的なプロセスがあるのではと考え、研究グループの方に話を伺いました。筆頭発表者の渡辺寿規氏(滋賀県立総合病院)は呼吸器内科の医師として勤務する傍ら、長年バレーボールの戦術分析に取り組み、ブログやSNSでの発信、バレーボール専門誌での執筆や、学会での研究発表をされています。

――これまで、とくにブロックに注目して研究を続けてこられたそうですね。

渡辺寿規氏(滋賀県立総合病院 呼吸器内科部長):2005年頃にバレーボールの戦術について語るブログを始めました。当時、既にサッカーではそうしたブログはたくさんあったのですが、バレーではほぼ皆無だったと思います。国内外の試合のビデオを巻き戻したり、コマ送りをしたりして、このチームは、この監督はどういう意図でこういうプレーをやっているんだろうと考えながら試合の映像を見て、記事を書いていました。でも、それは研究しようとかそういう意図は全然なくて、ただ単に好きなチームや監督の目指すバレーを理解したいと思って、本当に好きで試合映像をひたすら見ていただけなんです。私自身、大学までプレーヤーで、引退する直前に自分のチームで、当時まだ日本ではトップカテゴリの選手ですらあまりやっていなかった「リードブロック」 *3 に取り組んだこともあって、バレーを戦術的に見ようとしたとき、自然とブロッカー目線で見る癖がついていたのだと思います。





渡辺寿規氏(わたなべ  としき)

――今の世界のアタック戦術の主流が「同時多発位置差攻撃」(シンクロ攻撃)だということですが、そのことがブロック戦術の変化を引き起こしたとも言えるのでしょうか。

渡辺:同時多発位置差攻撃が生まれたのは2000年代の前半で、2004年のアテネオリンピックでブラジル男子が確立しました。この戦術が出てきた背景にあったのが、まさに「リードブロック」だったんです。正確には「バンチ・リード・ブロック・システム」 *4 と言うんですが、それを土台にして1990年代にイタリア男子が強固なディフェンス戦術を確立し、黄金時代を築きました。世界各国がなかなかそれを打ち破れなかった中で、私が当時好きで追いかけていたレゼンデ監督率いるブラジルが生み出した新しいアタック戦術が、同時多発位置差攻撃でした。2006年に日本で行われた世界選手権の決勝では、ブラジルがポーランドを相手に圧勝し、世界中に衝撃を与えました。日本の関係者もメディアもそれを見ていたはずですが、「高速バレー」という言葉に象徴されるように、とにかくブラジルのセットアップからスパイクが打たれるまでの時間にしか、注目していないように思えました。ブラジルのような飛び抜けた身体能力の選手だからできる攻撃なんだと誤解されていたんです。けれども私はリードブロックのブロッカーの視点から、このアタック戦術の本質が「スピード」ではないと感じ、その本質をわかってもらうための表現として「同時多発位置差攻撃」という言葉を考えつきました。それを『月刊バレーボール』の連載記事 4)の中で発表したことが話題となって、2012年に三島で開かれた、日本バレーボール学会主催のバレーボール・ミーティングで講演するチャンスを頂きました 5)。

 同時多発位置差攻撃が、「バンチ・リード・ブロック・システム」にとってなぜ効果的なアタック戦術なのかを本質的に理解しない限り、日本がブラジルに追いつくことはもちろん、それに対抗できるブロック戦術を編み出して、世界トップに立つことなんて絶対に叶いません。それまでは1人のファンとして、ただ好きなチームを追いかけ、戦術に関するブログを書いていたつもりだったのですが、日本のバレーを変えていきたいという気持ちになり始めたのは、その頃からだと思います。

――今回のご研究では相手の攻撃パターンを分類して集計されたということでしたが、その作業は、具体的にはどのようにされたのですか。

渡辺:AパスまたはBパスから繰り出された相手のレセプションアタック、合計124本のすべてについて、攻撃参加した相手のアタッカー全員の動きとボールの動き、そして分析対象となるチームのブロッカー全員の動き、ならびに経過時間を、すべて映像を見ながら数値化して、私と若月さんの2人でエクセル(表計算ソフト)に手入力していきました。

若月建吾氏(平成国際大学 男子バレーボール部監督):入力作業は、なかなか大変でした。

――この考察を導く上で、どのような仮説を立て、それを検証なさったのでしょうか。

渡辺:同時多発位置差攻撃に効果を発揮するブロック戦術は、TOKYO 2020以前には確立されていませんでした。しかし過去のバレーボールの戦術変遷を振り返れば、対抗できるブロックは絶対出てくるだろうという確信がありました。日本はそういう攻撃を相手にすると「コミットブロック *3をしろ」とか「スカウティング情報を頼りに予測して跳べ」みたいなことを言い出すんです。そうしないとブロックが間に合わないと考えているようですが、私はあくまで、現在の世界のブロック戦術の基礎・基本であるゾーンブロック戦術に基づいた、何か違う新しい対応策があるはずだと思っていました。

 ヒントは、ワールドカップ2019でみられた「デディケートシフトの多用」というトレンド 6)7)にあったんです。デディケートシフト自体は、これも元々、レゼンデ監督時代のブラジルが2000年代前半に徹底して用いたゾーンブロック戦術で、ブロッカー3人全員が自コートのライト側に片寄る陣形を指します。私は当時から、これはレフトブロッカーが軸になっているんだろうなと、映像を見て直感的に感じていました。ブラジルだけが同時多発位置差攻撃を繰り出していた当時と違って、現在は各国がこぞって同時多発位置差攻撃を仕掛けています。その現在において、デディケートシフトが多用され始めたということは、相手のセッターとネットを挟んで対峙するようにレフトブロッカーが位置調整することで、同時多発位置差攻撃の中でも特定のタイプに対しては、4人のアタッカー、つまりは4つある選択肢を適切に絞り込むことが可能なんじゃないかと気づいて、その仮説を2年前のバレーボール学会で発表しました 8)(図4)。


図4 2020年の日本バレーボール学会における渡辺氏の発表。図中、レフトブロッカー(青枠)が相手セッター(赤枠)とネットを挟んで対峙する位置にいる(枠は筆者による追加)


 この仮説に基づいて、今回の研究では同時多発位置差攻撃を大きく【タイプA】と【タイプB】の2つのタイプに分けて、検証することにしたんです。すると、【タイプB】のケースで、アルゼンチンは相手のライト側からの攻撃の決定率・効果率を下げることに成功していたのです。これは日本で一般に言われてきたデディケートシフトの通説を覆す結果です。なおかつ、2年前に私が学会発表した「セッター背面のスロットから1人しか攻撃参加しない状況では、デディケートシフトが効果を発揮する可能性を秘めている」という仮説を、後押ししてくれる結果でした。

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