慢性疼痛の国際疾病分類(連載 ストーリーで理解する痛みマネジメント 4 月刊スポーツメディスン222号)


永田将行・東小金井さくらクリニック、NPO 法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ、理学療法士
江原弘之・NPO 法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク代表理事、西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科部長、認定理学療法士(運動器)

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https://note.com/asano_masashi/n/n766d3be24ce4 

慢性疼痛の定義の必要性

 ここまで慢性疼痛をテーマに進めてきました。痛みのとらえ方は身体が原因か心が原因かという心身二元論、疾患モデルに基づく生物医学モデルから、生物心理社会的モデルに変化してきました。脳画像研究からは感覚的、認知的、情動的側面があるとわかり、明確に分けることができない多面的な性質がわかってきています。

 生物心理社会的モデルでは、痛みの有痛性疾患から生じた侵害受容刺激、痛みだけでなく、患者の精神心理状態や取り巻く環境などが影響することを明らかにしており、疾患や障害ではなく人を中心とした治療対応をしていく必要があることを示しています。したがって、慢性疼痛においての治療アプローチは、痛みそのものを治療するだけでなく、考え方や行動のサポートをしながら、身体を強化し運動を継続することで、前向きに進むことが重要になっています。とくにリハビリやトレーニングにおいては患者の訴えを受け止めつつ、ともに進んでいく関係づくりが重要になっていきます。

 痛みのマネジメントにおいて、この慢性疼痛の理解は欠かせません。介入者は、傷害の後遺症としての痛みだけでなく、痛みそれ自体が病気=「疾患としての痛み」として存在することをふまえておく必要があります。慢性疼痛は複雑な病態・背景を持つがゆえに、多角的、多面的にとらえていく必要があります。研究によれば各国人口の2割もの人が慢性痛に苦しんでいるともあり、先進国における世界的な問題となっていますが、現在の縦割り的な医療体制では対応に限界があり早急な対策が求められていました。

 なぜ疾患としての痛みの定義が必要なのでしょうか。これまでの医療では生物医学モデルに基づくことが多く、筋骨格系や整形外科的に問題が見つからない場合は、「原因がないから治療のしようがない、気のせいだ」とされる慢性疼痛特有の問題がありました。これにより多くの患者が適切な医療が受けられず、精神的に苦しんだり前向きな治療をあきらめてしまっていました。疾患としての痛みが定義されると、筋骨格系の異常や整形外科的疾患が見つからなくても、痛みそのものを対象に治療が開始することができ、医療体制の大きな変化を生むことができます。私たち理学療法士が関わるリハビリを例にすると、医師が処方するときに病名がつけられないとリハビリ算定ができませんでした。したがってリハビリ体制の充実にもよい影響が起こると考えています。

 また、スポーツに取り組む人にとっても有益であると言えます。検査で異常がなければ、心理的な問題として、運動を休止し、痛みがとれるのを待つという選択しかできなかったものが、より積極的で前向きな取り組みができるようになります。

 適切な治療体制を整えるためには、「疾患としての痛み」をどのように評価し、分類するかという視点が欠かせません。国際疼痛学会(IASP)をはじめとする世界各国の機関や、わが国でも厚生労働省の慢性の痛み政策研究班などでコーディングと呼ばれる痛み疾患のタグ付けを行う取り組みがなされてきました。

 それらの成果を受け、2018年6月に世界保健機構(WHO)から公開された国際疾病分類第11版(ICD-11)に慢性疼痛分類が初めて記載されました。

 今回は、このICD-11の慢性疼痛分類について解説していきます。

慢性痛分類の背景

 牛田ら(2018)によると、慢性痛分類開発には以下のような背景があります。

「慢性疼痛状態の診断については、現在まで用いられてきているWHOの国際疾病分類(ICD–10)にも診断コードがいくつか含まれている。しかし、これまでの診断分類では疫学的な面を反映しておらず、体系的に分類されていない。また、ICDにおける適切に評価するためのコーディングがないことで、慢性疼痛に関する正確な疫学データの取得が困難になり、適切な疼痛治療位置づけや医療費の適切化、新しい治療法の開発および実施を妨げることにもなっている。そのため、IASPではTreede元理事長らを中心にPresidential Task Forceを構成し、次期ICD–11に対応するための慢性疼痛の分類の研究開発活動を進めてきた。開発においては、慢性疼痛が、部位(頭痛など)・病因(癌など)・病態(神経障害性疼痛)が混在する上に、これらの分類の原則に適合しにくい慢性疼痛(線維筋痛など)がある中で、様々なタイプの慢性疼痛に適合でき、一般的なICD–11のフレームに適合するものを作成することを課題として作成されている。」

慢性疼痛の分類

 ICD-11では、以下の7つが慢性疼痛として分類されています。

  1. 慢性一次性疼痛

  2. 慢性がん関連疼痛

  3. 慢性術後および外傷後疼痛

  4. 慢性神経障害性疼痛

  5. 慢性二次性頭痛または口腔顔面痛

  6. 慢性二次性筋骨格痛

  7. 慢性二次内臓痛

 これらに下位項目がコーディングされ、分類されています。それでは、慢性疼痛の国際疾病分類ICD-11Jのウェブサイトに基づき、1つずつ説明を行っていきます。

1. 慢性一次性疼痛

 3カ月以上継続もしくは、再発を繰り返しており、日常生活や社会的活動に影響しているもので、生物学的に説明がつかない痛みです。ほかの慢性疼痛の分類では説明できず、痛みの原因がはっきりしません。多くの病因が不明な慢性疼痛のために作成された定義であります。疼痛を引き起こす生物学的な要因については存在していてもよいとされます。

 例としては、過敏性大腸炎、非特異的腰痛、線維筋痛症が挙げられており、慢性疼痛の「疾患としての痛み」を表す新しい項目になります。

2. 慢性がん関連疼痛

 がんによって引き起こされる痛みです。がんに起因する可能性が高い痛みがここに分類されますが、原因が曖昧な場合は、慢性一次性疼痛に分類されます。

 例としては、慢性がん性疼痛、慢性化学療法後疼痛があります。

3. 慢性術後および外傷後疼痛

 手術後もしくは外傷後、少なくとも3カ月後も持続する痛みです。痛みは、手術や傷と同じ神経支配領域に広がります。感染など手術や傷以外の疼痛は除外されます。手術では、神経に影響が及ぶことがありますので、神経障害性疼痛としての側面もあり得ます。

 例としては、切断後の慢性痛、火傷後の慢性痛があります。

4. 慢性神経障害性疼痛

 神経の病変、疾患によって引き起こされる痛みです。痛みを大きく感じてしまう痛覚過敏や、痛みの刺激ではなくても痛みを感じてしまうアロディニアなどが起こります。神経が傷害された、病気の既往があるなどの病歴とともに、神経学的に説明のつく症状が出現することで分類されます。

 例として、末梢神経損傷後の神経障害性慢性疼痛、脳卒中後疼痛があります。

5. 慢性二次性頭痛または口腔顔面痛

 頭部、顔面に原因があり、少なくとも3カ月間の少なくとも50%の日々に痛みを感じているものです。1日あたり少なくとも4時間、もしくは数回の激痛が生じます。原因がはっきりした急性二次性頭痛等は別項目にコード化されます。

 例として、慢性筋性口腔顔面痛が挙げられます。

6. 慢性二次性筋骨格痛

 関節、骨、筋肉、脊柱、腱および関連する軟部組織における持続的な痛みです。局所的にも全身的にも起こります。画像検査や生化学検査上問題が見つかっても、痛みのメカニズムが非特異的(再現性がなく、構造的に悦明がつかないなど)場合は、慢性一次性疼痛に分類されます。

 例として、持続炎症による筋骨格系慢性疼痛、変形性関節症に関連した筋骨格系慢性疼痛が挙げられます。

7. 慢性二次性内臓痛

 頭部および胸部、腹部、骨盤腔の内臓由来による持続的または再発する痛みです。臓器の要因による痛みであることがはっきりしていることが重要で、明確でない場合は慢性一次性疼痛に分類されます。

 例として、慢性持続性炎症性内臓痛、血管原性慢性内臓痛が挙げられます。

分類の例

 上記の分類に従って、腰痛を抱える2人のアスリートの痛みがどこに分類されるかを考えていきましょう。

・症例A

 20歳代前半。高校時代に腰椎分離症と診断され、それ以来繰り返す腰痛に悩まされています。腰椎分離症は、数カ月の治療により画像上は治癒しました。腰に痛みが出現すると練習量を調整し、負荷をコントロールしてきました。競技を休むと痛みは治まるため、痛みが全くない期間もありますが、年に数回は腰痛が発症します。痛みが出る部位は、左腰部と限定されています。痛いときは、腰部の回旋動作で痛みが誘発されます。レントゲンでは、腰椎分離症の治癒後と比べて変化は認められません。現在は、練習量、試合への出場機会、量をコントロールしながら、競技に取り組んでいます。

 責任感が強くチームメイトからも信頼されていますが、自分の状態を顧みずに活動してしまうことがあり、練習量が過剰になりがちです。自罰的な傾向が強く、すべてを抱え込んでしまうことがあると、コーチが述べています。

 本人から聞かれる言葉も、「チームに迷惑をかけているので、はやく痛みを治して、貢献できるようになりたい」とチームへの責任を感じさせるものです。

 身体運動機能の面では、股関節の可動域が狭いことが指摘されています。

・症例B

 20歳代前半。高校時代から腰痛が続きます。とくにきっかけはなく、高校入学直後から発症しました。画像検査、理学所見などでとくに異常は認められていません。運動負荷に関係なく痛みが続いています。部位は左腰背部が中心ですが、反対側に出ることもあります。増悪したときには大腿部後面にまで痛みが広がることもあります。プレーはできていますが、練習を休むことがときどきあります。下痢症状にも悩まされているようで、しばしば、腹痛の訴えがあります。

 潜在的な競技能力は高いと思われ、コンディションがよいときは高いパフォーマンスを発揮します。しかし、なかなか安定せず、ほとんどが低パフォーマンスであるため、試合への出場時間が短くなっています。チームメイトからは実力は認められていますが、痛みの訴えと実際の活動が一致していないため、さぼり癖があるとみられているようです。

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