2.汗から運動負荷を計測する ──汗乳酸デバイスを用いた研究(月刊スポーツメディスン No. 247 特集/持久系選手に対するコンディショニング)
村本勇貴
慶應義塾大学医学部 スポーツ医学総合センター、MS、PT、JSPO-AT、CSCS
月刊スポーツメディスン 特集記事 目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n940c46650669
個々人に最適な運動負荷を探る
運動負荷に関わる研究に関し、勝俣 良紀先生(慶應義塾大学医学部 スポーツ医学総合センター 専任講師)の指導下で私が行っている研究のうちの1つをお話しします。現在私は、MLSS(最大乳酸定常値)すなわち、血中乳酸が一定を保ったままできる有酸素運動の最大の運動強度を推定する方法の開発というテーマで研究をしています(図1)。当テーマに関し、先日2022年11月開催の第33回日本臨床スポーツ医学学術集会にて発表しました。
![](https://assets.st-note.com/img/1674948205980-5NhosbjfEd.jpg?width=1200)
図1
これまで用いられていたLT(乳酸閾値)は有酸素運動から無酸素運動に切り替わる程度の強度ですが、アスリートにとってはそこまで高い負荷ではありません。LTはいわゆる高齢者や心拍数が上がりすぎることによって身体に負担を感じてしまうような人に対し、「LTの手前くらいで運動しましょうね」という様に用いられている指標です。一方、健康な人、とくに持久力を必要とするスポーツ選手にとっては、LTよりも強度が高い強度がパフォーマンスを高めながら運動しやすいと言われています。一般的に血中LTから120〜125%程度の負荷をプラスするとMLSSの負荷になると言われています。
今回さらに詳細に、LTの運動負荷から何%強度を上昇させるとMLSSになるかということを調査研究しました。これまでLTを求める際、採血による乳酸測定を行う必要があり被験者に身体的苦痛を伴います。さらに採血時、運動を一旦停止する必要があり、実際の運動場面に即していないという問題があります。またさらにMLSSを決定するためには、LTよりもさらに煩雑で通常3〜5回程度30分間の運動負荷試験を行って採血する必要があり、その決定には煩雑で時間的拘束を要するということが一般的な課題として挙げられていました。
汗を用いて乳酸値を測定
そこで、MLSSを簡便に計測する上で我々は慶應義塾大学医学部発のスタートアップ企業である株式会社グレースメージング(代表:中島大輔先生、慶應義塾大学医学部 整形外科学教室所属)が開発した汗乳酸計測ウェアラブルデバイスの可能性を探っています。このデバイスは汗を用いることによって、非侵襲的にLTの変曲点を求めることができます。大変簡便で上腕に汗乳酸測定デバイスをスマホホルダーを使用し装着するだけで汗乳酸を測定することができます。
![](https://assets.st-note.com/img/1674948227681-REhjEVJQYG.jpg?width=1200)
図2 汗乳酸センサを用いた測定データ
実際に徐々に運動負荷を上昇させる運動負荷試験を行うと、徐々に汗乳酸濃度が上昇する現象をリアルタイムに可視化できます。
我々は以前、汗乳酸を用いLTを予測できるかの検討を行いました。採血による血液LTと汗LTを比較すると、R(相関係数)が0.92と非常に高い相関関係を得ることができました。結果、被験者に負担をかけず、連続して自動的にLTを測定可能となりました。
加えて、共同研究者の、澤田智紀先生、大川原洋樹先生(両者共に慶應義塾大学 医学部 整形外科教室所属)達が行った先行研究で、疲労状態では、通常より汗LTのポイントが左にシフトすることが分かりました。つまり汗LTを用いることで、対象者の疲労状態をキャッチすることが可能なことが明らかになったわけです。
今回、私が行ったのは、汗LTの負荷から血中LTと同様に、MLSSが設定できるかを検証するという内容です。
結果から申しますと、汗LTの125〜110%の負荷では、汗LTからのMLSSが対象者によって異なるという結果になり、期待した結果とは異なりました。今までの既報では120〜125%の範囲に9割程度の人が収まるはずですが、それとは異なる結果になったのでMLSSが汗LTの120%以上の人と、120%以下の人で群分けをしてさらに検証してみました。
するとMLSSが120%以上の人というのは9割以上で運動習慣がある人ということがわかりました。ここで運動習慣がある人にとっては汗LTから120%以上、つまり今まで言われていた通りの結果になったということになります。ですから、120%以上の運動に耐えられるような運動習慣がある人にとっては、非常に有効な測定方法であるということがわかりました。また、運動習慣がない人にとっても、汗LTの115%程度の負荷設定にすることでMLSSの運動処方ができるということがわかりました。
持久走などの長距離の選手にとっては、汗乳酸センサーを使って120%以上程度の負荷で運動することで、血中乳酸値が一定の状態という運動強度でトレーニングできるということになるのではないかと思います。
一般的に運動選手は、体内(筋type Ⅱa線維、いわゆる赤筋と白筋の中間)のミトコンドリアが増加することで身体の中に酸素を取り込んで使う能力が発達しており、ある程度の高強度の有酸素運動負荷にも耐えられることが特徴です。今回の対象者は週3回程度の運動習慣があるような人たちと、それ以下の人たちで比較したので、もしかしたら陸上競技の長距離選手やハイパフォーマンスの人たちはより高い運動強度で運動可能かもしれません。この点は今後検証していく必要があると思います。
負荷設定については、陸上競技に限らず、一般的な運動愛好家や、高齢者のリハビリにおいても大変重要です。一方実際の運動シーンでは、最適な運動強度設定を感覚のみで行ったり、心拍数を用いたりします。MLSSを心拍数によって求める方法もあるようですが、最大心拍数の75%から90%程度と幅が広く、強度を決めてトレーニングを行うことがなかなか難しいのです。そうしたときに同汗乳酸ウェアラブルデバイスは、より客観的な指標として用いることができます。また、日々のコンディションの影響で、毎日汗LTが変わったりするかもしれません。たとえば今週はすごく調子がよく汗LTが高い運動強度であったら、今週はこの125%でやればいいんだな、とか。今週はコンディションがちょっと悪く汗LTが先週よりも低い運動強度で出現したら、今週はここの125%で最大負荷をやれるというようにより詳細に日々のトレーニングを決定できる指標になるかもしれません。
MLSSの体感
MLSSの強度は、30〜60分運動を続けられる程度の強度になります。私も測定してみましたが、かなりぎりぎりのところをせめられている感じです。これ以上の強度では確かにエルゴメーターを漕げなくなりそうだな、という体感です。人によっては、血中乳酸濃度が4mmolと言われています。同濃度は乳酸を代謝除去しながら行える乳酸蓄積ポイント(OBLA)と呼称される濃度ですが、以前は、OBLAでの運動が最もよいとも報告されていました。
ここから先は
¥ 150
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?