1. 新型コロナウイルスによる高校野球の練習とコンディショニングへの影響(月刊トレーニング・ジャーナル2020年12月号 特集/投球とコンディショニング)


高須賀 潤・OneStep代表

新型コロナウィルス感染症の拡大による長い活動自粛期間を経て、8月に独自大会と代替大会が開かれた今年の高校野球。愛媛県で高校の野球部を中心にトレーナー活動を行っている高須賀潤氏に、その期間中の苦労とこのオフシーズンの過ごし方について伺った。

突然の部活動自粛に直面して

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って、2月末から春休みが終わるまで高校の部活動が自粛になりました。その間は、まず部員たちにLINEでトレーニングの動画を配信していました。その後いったん学校での練習が再開されたのですが、4月の入学式の頃、練習中に学校放送で直ちに下校してくださいという指示があり、結局そのまま5月25日まで練習ができなくなりました。そこからはZoomやSkypeを使ったオンラインでの指導に移行しました。配信したのは、自宅の部屋やガレージの中でもできるトレーニングおよびストレッチです。打つ、投げるといった技術的なことに関しては、監督からキャッチボールやバットの素振りをするように指示が出ました。私は走ることに関して、1週間のダッシュやランニングのプログラムをつくり、自分の予定に合わせて行ってくださいという指示をしました。そこで唯一つけた注文は、スパイクを履いて走ってもいい場所なら、必ずスパイクで走りましょうということ、スパイクで走った後は必ずトンボで地面をならしておきましょうということでした。そのうちに公共の施設なども使用禁止になり、ボールを使うことが許されている公園などに人が集中するようになって、部員たちは場所探しにも苦労したと思います。

 5月26日から学校での練習が再開され、私も訪問指導を再開しました。その数週間前には、まず心肺持久力を回復させるためのプログラムをつくって、あらかじめ顧問の先生や監督に送信しておきました。最初はストレッチ、そして脈拍を確認しながらの軽いランニングからです。そして1カ月くらいかけて、ランニングで上がっていた脈拍が落ち着いてきたら、少しずつ強度を高めてくださいと助言をしました。ボールを使う練習に関しては、最初はノックやフリーバッティングといった強度の高いメニューはなるべく避け、キャッチボールは塁間の距離まで、ノックも手で転がしてと、まずは低い強度からという指示をしました。その指示をしっかり守っていただいたので、6月の半ばくらいまでは、ケガもなく順調に進んだと思います。

■キャッチボールができないときの工夫

 私たちが小さい頃は、1人で壁に向かってボールを投げて、跳ね返ったボールを捕ってまた壁に向かって投げる「壁当て」をよくやっていました。これなら1人でできます。そこで、「キャッチボールの相手がいないので、どうしたらいいですか?」という部員からの質問に「壁当てをすればいいよ」と返事をしたところ、「壁当てって何ですか?」という答えが返ってきたんです。そのときまで壁当てを知らなかった部員は、知っていた部員よりもボールを投げていない期間がずっと長くなっていたわけです。

 ちょっとした発想の転換で、練習の方法はいくらでもあります。こんな時期ですから、硬式ボールを使わないといけないという考えもいったん捨てて、テニスボールや軟式ボールに変えてもかまいません。ピンポン球でも何でもいいから、とにかく動くものに反応しようという動作が大事だよというアドバイスを送りました。遊び方を教えてあげているような、不思議な感覚でした。


写真1 高須賀氏のオンライントレーニングの画面

体力を戻せないまま代替大会へ

 そして、愛媛県では8月初めに代替大会が開催されることが決まりました。当初は6月までは体力回復期にあて、そこから徐々に強化期に入っていくつもりでした。それが強化期を経ることなく、いきなり試合に向けた練習に入らざるを得なくなったのです。例年ですと、年間を通したウェイトトレーニングなどでしっかりと筋力を上げた状態で3月に練習試合の時期を迎えます。しかし、今年の自粛期間中はほとんど自重負荷のトレーニングしかできませんでしたし、家にいる時間が長くなったことで体重も増えていました。その状態で試合に向けた実戦練習や練習試合が始まり、速いボールを投げる回数が急激に増えることになりました。春先から徐々に投球数を増やしていけば、ボールを投げることで筋肉痛になることはあまりありません。けれども今年は長期休養明けのいわゆる「肩が軽い」状態でいきなり強度の高いピッチングや実戦練習に入っていったために、ボールを投げるという動作が「新しい負荷」になっていたのか、筋肉痛を訴える選手が多かったです。その状態のまま次の日もまた投げるという繰り返しで、筋肉痛がなかなか抜けない状態がずっと続いていったのではないかと思います。また、練習試合解禁までの日数が短かったため、選手自身にも「早く全力投球をしなければ!」という焦りが出て、投球強度を一気に上げてしまうことにつながり、こうした要因も、後々肩や肘の障害が出てくる条件になったのではないかと思います。

 実際に肩や肘の痛みを訴える部員が出てきたのは、8月の代替大会が終わってからでした。ほとんどの高校が、代替大会に3年生を主体としたメンバーで臨んだため、大会に向けた実戦練習も3年生が中心で、2年生と1年生には十分目が届いてない状態だったと思うのです。そうした状態で大会が終わり、わずか1カ月後の9月12日(愛媛県)に開幕する秋の大会に向けて、2年生以下の部員でのチームづくりを大急ぎで始めることになってしまったわけです。そこで2年生以下の部員は、必然的に実戦練習に費やす時間が増え、体力向上に充てる時間が減少するという傾向も見受けられました。しかも8月の一番暑いときにそうした実戦練習に費やす時間が多くなり、常に100%を出し続けるということで疲労も間違いなく溜まっていったと思います。

 私がその期間に顧問の先生に助言したのは、大会が近づく中でやっておきたい練習は多々あると思いますが、ストレッチの時間をとること、1週間に1日は必ず休みを取ってくださいということでした。選手に対しては感染症予防、熱中症予防はもちろん、疲労回復のため、1日8時間の睡眠時間を確保、水分補給、食事量を落とさないことを常に伝えていました。

■現在の野球部員たちの「休み方」

 練習休みの少なかった私たちの高校時代とは違って、今の高校生は休みの日の過ごし方を知っています。とくに今回の自粛期間では、私たちトレーナーからの指示、学校の先生からの指示を受けていますし、この経験でさらに時間の使い方を学んだと思います。

 たとえばこの期間中にYouTubeなどで数多くの野球の動画を見て、いろいろな技術や方法論があるということにも気づいているはずです。そうした時代ですから、指導者の側も情報の取捨選択ができるだけの知識、能力をつけていかないと、部員たちからの質問に答えられないということになるかもしれませんね。

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