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ギークス! 聖の章(3) VS.親御さんとマコさんのこと
僕と琴子さんは昔から、仲がいいかどうかはともかく、よく一緒に出かけたり遊んだりしていた。
彼女は変わっているせいなのか……時々、思いもよらない人とのつながりができたりしてて驚くものである。
琴子さんの元婚約者であるマコさんも、普通に見えてなかなかだった。
その、何で破局したかっていうのは一旦横に置くとして。
マコさんは当時、パソコンに詳しい分だけ色々と余計な仕事を背負わされていたらしいのだ。
自らの職業を「障害者施設職員」にしてしまった僕としては、あの親御さんみたいな件って面倒じゃなくね? とマコさんに聞きたくなる。
実際聞いたこともあるが、えらくサラッとしていたような。
僕の場合だと、家にいるのにああいう問い合わせをぶん投げられた場合は考え込んでしまうのだ。
精神科医って命を預かるのが常だもんね……いつでもどこでも悶々としてちゃあ身が持たないだろうね……
時には薄情であることも必要なのかも、と、お人好しな僕は思った。
思うだけで、実際に薄情になれたかどうかはまた別である。
ところで、どの親御さんの件か?
ひきこもりの親御さんだ。
結構前から、テレビでひきこもりの特集をされると、たまにうちに問い合わせが飛んでくることがあった。
例の東京のシェアハウスのせいかな……確かにあそこが本家本元、だがそれでメールを飛ばす辺りが安直としか思えなかった。
たとえば「バイトの面接に行こうと勧めたのに本人は電話すらかけられません。誰とも会話がなく、パソコンをいじってばかりです。私は息子の声を何年も聞いておらず困っています。そのような息子でも外に出て共同生活をすることで変われますか」などと。
やべぇ……
こういうのは全部親御さんからで、ひきこもっている本人からというのはまずありえない。
訪問看護(福祉サービスのひとつ)でもネットスーパーでも何でも使っていただきたいので、僕はこう返した。
『まず、お話したいのは、当方及び、先日の番組で取材を受けたハウスは一般的なシェアハウスとは異なること、また、何かの支援施設でもない(つまりはメディアによく出る、支援と称するだけの悪徳業者とも異なる)ことです。
公式サイトがありますので、詳細までご覧になってください。
悪徳業者とは異なる一方、ひきこもりの就労支援をしていると明言したハウスもございません。
結果的にそれらしいようになっただけですので、人によっては入居してもひきこもり続け、他の入居者とほとんど会話しないことがあります。
周りには、それを治そうとか、注意しようとする人もいなければ、ひきこもること自体を悪く思うような人もまずいないものだとお考えください。
なお、入居に関してですが、身の回りのことを自分でできて、ルールを守れる方でしたら入居をお断りすることはありません。
ご本人に不安がある場合は、あらかじめ市役所の福祉課などに相談の上、福祉サービスの支援を受けてください。
障害者向けグループホームではないので、世話人に相当する者はおりませんし、こちらでヘルパーを用意することもできません。
原則として、家族による介助は認めておりません。
自立生活を良好に保つためですのでご了承ください。
親御さんのすすめではなく、息子さん自らが入居を希望される場合でしたら、見学やご相談に応じることは可能です。
しかしながら、それでも困りごとを解決できるかどうかは保証しかねますので、ご家族でよく話し合ってからの検討をお願いします』
ここまでで十分、クソ長くてクソ暇そうな人の文章だ。
でもこれ、実は過去の問い合わせへの回答を元にほぼフォーマットを丸写しだったりする……マコさん怖い、じゃねぇやありがとう。
ネットオタクの精神科医か、バンザイ! って、そんな場合じゃねぇ。
まぁ確かに、さっきの親御さんじゃないけど「変わる」ことができた人はいた。
いずれも当事者から入居を申し出ていた上に、孤立していたわけではないし、就労に関して言えばほとんどはガチで非正規雇用だった。
これは自力でどうにかできるもんじゃないので、渋々受け入れるのだ。
むしろ、仕事を辞めて失業手当や障害年金で暮らす人が出てくるくらいだ。
(高齢者じゃなくても年金はもらえる。そういう制度はあるのでみんな、年金保険料は納めるか免除申請しようね!)
……老いた親御さんに対し、僕には複数のベタな疑惑が浮かんだ。
まず、お困り状態なのは親か、それとも息子さんか。
息子さんはもしかしたら、現状ではネットで元気に暮らしているか、ゲーム三昧とかで困っていないのかも知れない。
あくまで、疾患にかかっておらず、かつ既存の価値観に縛られていなければの話だが。
もし、それでも困るのなら十中八九、親が亡くなった後だろう。
カネはどうにもならないので、生きているうちに親が用意してあげられれば吉だし、そうでないなら世間様へのプライドだ何だというのは捨てないと難しいだろう。
次に、何がどう困っているのか。
地方在住の中高年の就労支援のみに課題を絞れば、現状、どこへ行っても難しいというのが結論だ。
それこそ介護職の非正規だろうが何だろうがやる他ない。
仮に、例の息子さんが精神疾患などにかかっているとしたらもっと難しい。
精神科に根気よく通って、障害者手帳を持った方が、損得で勘定すれば得だ。
しかし、そうやって苦労して手帳を取っても、障害者枠の就労は、「中高年で職歴なし」という状態なら厳しいことは一般枠と変わらない。
正直、古臭い田舎では福祉的就労(一部を除き、雇用ですらない)をするのが限界で、これも一般企業とは別の意味でしんどいと思われる。
そこまで行くともう、障害者なり依存症患者なり、そういう呼ばれ方をするだろう。
これは判断が難しい。
誤診もしばしばあるので、「安易に精神科に連れてくな」というのも正解だが、本人が本当に病気だったのを放置したら、本来受けられるはずのサービスも受けられなくなってしまう。
そして! 何故、そもそも息子でも息子のヘルパーでもなく、親がメールをよこしてくるのか!
つかそうじゃん、福祉サービスがどうとかの前にまずここじゃね?
ここからもう既にうちのコンセプトに反している。
ぶっちゃけまぁまぁムカつく。
生きる上では他力本願も大事だが、丸投げの人間をフォローするキャパはうちにないのだ!
いやぁ、この人……こういう定番の保護者……障害者施設によくいるけども面倒だ。
僕はもうこの当時から面倒だと思っていた。
しかし、うーん、このベタな質問集を投げつけなかった分だけメールは短くなったし、穏便にもなったが、返事もらえないだろう。
と、思っていたら本当にもらえなかった!
息子さん本人からのメールをずっと待っていたが、とうとう来なかった……
このひきこもりの親御さんの件、懲りた。
マコさんがネットに詳しいらしいが仕事ばっかりで忙しそうだったので、住職さんとかに聞きながらサイトを更新した。
そりゃあんまりだわぁ、と。
ハンディを背負ってても住んでいる人がいますし、住めます、という言い方じゃあむしろ救いにならないらしい。
これだと大体が「ほら! この子外に出て頑張ってるのに、どうして恵まれているお前が頑張れないの!?」という言い方をする。
「あ! マコさん」
「ごきげんよう、聖さん」
もどかしい僕の前に、忙しいはずのメガネ美男子が通りかかった。
ってことは仕事終わりでうちに帰れたのか……よっしゃあ、とこの時は浮かれた。
気持ちの切り替えが早いのが僕の強みだった。
「マコさん、どーせ金持ちなんだから仕事やめりゃ良くないっスか」
「え? そんな、また人に作業投げようとして……これだから施設勤務の人間は。みんなアナログ過ぎて頭痛くなる」
「はぁ〜ん♡ マコさんってば毒舌ぅ♡」
僕は、これくらいのおふざけなら朝飯前だったりする。
「あぁ、それもあるけどぉ。サイト更新、やってください♡ あとカネくれ!」
くれ、じゃなくて払いますじゃないのかとマコさん。
今のは冗談だと僕は返した。
「しかし、珍しく今日は病院から帰るの早いですね。入院患者さんが誰も自殺しなかったからですか?」
「ちょ、おま……それは黒すぎるギャグなのでは」
さすがにこれはマコさんの血の気が一瞬引いた。
「まぁ、聖さんが言うそれもそうですが……ひと月で用意しなきゃいけないしね。退去の」
「……はい?」
退去……初耳だった。
って、あれ?
「クソセレブリア充さん、それは……」
「え、は、はい。クソセレブリア充らしい私が何か」
「ラブラブだったのに自分のセガレがアレしちゃったせいでモメた、彼女は置いてくんですか?」
「ぐっ……」
ますますマコさんの血の気が引いた。
「ほらぁ、だから琴子さんはアウティングのプロっつったんじゃないスか」
「アウティングの……プロ……あ、あぁ……いやどうも……それ、住職さんとかには言っていないだろうね……?」
「何を」
「何って私のEDの」
「えー……?」
「えー、じゃありません……自分がクソ残念リア充もどきなのは認めますが、それを人にからかわれるのは我慢なりません……」
このマコさんは覚えているが、結構マジで真っ青だった。
「あぁうん分かった。分かった、ふざけても言いませんから。このサイトも自力で頑張りますから」
これはマコさん退去ひと月前、僕がクビになる約一年半前の話だった。
っていうとあれじゃん、僕まだ十九の誕生日迎えてなくて、クビどころか職場に慣れ始めたばっかじゃん。
何であんな、イキったメールを老婆に投げられたのだ。
いや、コピペでしかないのだがなぁ……それにしても、と思ったものである。
マコさん、あっさりしててもやっぱどっかでストレス溜めてるんじゃねぇか、ということがバレてしまった。
琴子さんの心境を想像すると、双方ともになかなか辛いものがあると思われる。
だって、「彼氏の先」の人であることを約束していたんだもの、マコさんは。