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【短編小説】青い衝撃

 私の恋人は少し不思議なところがある。
 彼の名前は「清水青(あお)」。
 知り合ったのは高校生のときだった。同じクラスになったことがきっかけでおしゃべりをするようになった。
「清水くんって名前に『青』の文字が二つも入っているんだね」
 初めは私から青くんに声をかけた。
「そうなんだ。よく気がついたね」
 彼は少し照れながら微笑んでいた。
「私の名前は『晴海(はるみ)』っていうの。だから同じように青の文字が入っているんだよ。それに晴れた海だからやっぱり青とは深い関係があるのよ、きっと」
「そうだね」
 私たちは顔を見合わせて笑っていた。
 そんなことを毎日のように話しているうちに彼と親しくなり、いつの間にかつきあうようになった。
 青くんはいつもニコニコしていて、周囲にいる人たちを喜ばせるタイプの人だった。それにジョークを飛ばして私をいつも笑わせてくれた。その一方で、どんなことが起きても、決してへこたれないし、我慢強くてなんでも努力してやり遂げる人だった。私はそんな彼が大好きなんだけど、つきあえばつきあうほど知らなかった彼の不思議なところが見えてきた。
 青くんは名前のとおり「青い」ものが大好きで、かなりのこだわりを持っていた。週末にデートへ出かける時はいつも青色のシャツにジーンズ姿。レストランに行くと食べる料理は普通なんだけど、デザートは必ずと言っていいほどブルーベリーが入ったものを選んでいた。真夏になると私はバニラアイスで、青くんはブルーハワイのかき氷を買っていた。食べた後、あっかんべーをして青い舌を見せてよく私を笑わせてくれた。
 鉄道についても同じようなことがあった。青くんは熱心な鉄道ファンではないけれど、ある時、「ブルートレイン」という寝台特急の存在をインターネットで知った。でも、その時にはすでに運行を終了していておまけに昔はかなり人気があったことを知ったときには、彼はものすごく悔しがっていた。どうやら一度でいいからその寝台特急に乗ってみたかったらしい。
 青くんと二人だけで図書館に行ったときにもこんなことがあった。私が宇宙に関する本をパラパラとめくっていると、ある宇宙飛行士の言葉が目にとまった。
「地球は青かった」
 そこには宇宙から撮影した青い地球の写真も掲載されていた。私の隣で本を読んでいた青くんはその言葉と写真をじっと見つめたまま、しばらく無言で何かを考えていた。
「青くん、どうしたの?」
「俺もいつか宇宙に行って青い地球を眺めてみたい」
 彼が真剣な表情でぽつりと呟いた。どうやら冗談ではなさそうだし、もしかすると本当に宇宙飛行士になってしまいそうな気もした。夢が大きいのはいいことなんだけど……。
 そもそも、青くんが生まれたとき、彼のお父さんは産婦人科の窓から大空を見上げて「よしっ」と言って名前を「青」に決めたらしい。ちなみにその時は警報が出るほどの大雨の日だった。だから抜けるような青空を見つめて決めた名前というわけではないみたい。そのことは彼のお母さんが笑いながら私に教えてくれたので間違いないと思う。どうやら彼のお父さんも不思議な人なのかもしれない。そこはやっぱり親子だから仕方がないのかな。
 そんな私たちだったが高校三年生となり進路をどうするのか決めなければならなくなった。私自身、生まれて初めてといっていいぐらい真剣に悩んだ。実際にこの時点で将来を決めなければいけないというのは高校生としては難しいことだし、決めたことが正しいのかどうかもわからない。とにかく不安で気持ちが揺れ動いた。
「晴海ちゃんは、これからどうするの?」
 青くんが珍しく真面目な顔で私に訊いた。
「私は大学を卒業したら市役所の職員になりたいな。青くんはどうするの?」
「もちろん青山学院を受験するよ」
 青くんは目を輝かせながらギュッと拳を握り締めていた。この想いだけはきっと誰にも負けていなかったと思う。でも彼の成績がそれほど優秀ではないということも私は知っていたので少し心配だった。
「青くん。志望校は自分の成績を見て決めないと苦しむよ。きっと」
 私なりに青くんに忠告をしたつもりだったけど、彼は自分の決意どおりに青山学院を受験すると言って譲らなかった。それも彼らしい決断だと思い、それからは、私も自分の受験勉強をしながら彼の夢が叶うことをずっと祈り続けていた。
 そしていよいよ受験の日を迎えた。私は何もしてあげられないから青くんに合格祈願の青いお守りをプレゼントした。あとは神様にお願いするしかなかった。
 そして私は希望どおり地元の大学に無事合格することができた。しかし、私が自分のことよりも心配していた青くんは残念ながら不合格だった。
 誰よりも憧れ続けていた青山学院だっただけに、青くんはかなり落胆してしまい、私と会うことさえなくなってしまった。彼が一番辛かっただろうし、私もどうしていいのかわからなかった。私から彼に電話をするにしてもメールを送るにしても伝える言葉が見つからなかった。だから、私はとにかく彼をそっとしてあげることにした。この時ばかりは彼が早く元気になることを待つしかなかった。
 それからしばらくして青くんから私の携帯に電話がかかってきた。
「青くん、少しは元気になった?」
「心配かけてゴメンね。あれからじっくりと自分の将来のことを考え直してみたんだ」
「それでこれから青くんはどうするの?」
 私は思い切って訊いてみた。
「うん。俺、高校を卒業したら自衛隊に行くことにしたよ」
 彼はきっぱり答えてくれた。
「そ、そうなんだ」
 彼がまさかの決断をしたので私は驚いてしまい、それ以上どう声をかければいいのか、まったくわからなかった。でも、そのときの彼の声はすっきりしていて、やっと自分の本当の道を見つけたという自信に満ちあふれていた。
「日本中の人にきっと喜んでもらえると思うよ。だから晴海ちゃん、少しだけ待っていてね」
 青くんは何か意味深な言葉を残してそのまま電話を切った。
 それから十年の歳月が流れた。私は大学を卒業すると希望どおり地元の市役所の職員になった。初めのうちは知らないことばかりでよく失敗していたけれど、なんとか仕事にも慣れて現在では後輩に仕事を教える立場にもなった。私もそれなりに他人のためになれるような人間になれたのかな。毎日忙しいけれど、仕事は充実している。
 私はお昼休みになると、自分で作ったお弁当を持って市役所の屋上にある庭園にいく。お弁当を食べながら青い空を見上げることが私の日課のようになっていた。
「青くん、いまはどこにいるんだろう」
 ときどき空を見ながら一人でつぶやくことがある。
 青くんは、航空自衛隊に入り戦闘機の部隊に所属することになった。そして優秀な操縦士で編成される「ブルーインパルス」に今年から配属されることが決まったと大喜びで連絡があった。ブルーインパルスは何台もの戦闘機がフォーメーションを変えながら全国各地でアクロバット飛行をするチーム。大きなイベントがある町の上空を飛び観客を喜ばせるという仕事だ。
 彼は大学受験に失敗してから、「本当に一番向いている職業は何なのか」とあれこれ考え「航空自衛隊のブルーインパルスに入隊して全国の青い空を飛ぼう」と決意した。
 青くんは、今頃、どこの町の空を飛んでいるのだろう。いつも自衛隊の飛行機を見つけると青くんの笑顔を思い出す。そして、早くこの町の空を飛んでみんなを楽しませて欲しい。
 いつか青くんと結婚できるといいな。ということは名前が「清水晴海」になるのかな。その時、私はやっぱり「青いウエディングドレス」を着たいと思っている。                                        
                               (了)

 

 

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