私になるまで52
ハローベストが取れた予定の日が来た。朝からずっと待っていたが、リハビリ中も、何も言ってこず。その日はもう1人ハローベストを外す日だった。私より遅く回復期病棟にきた女性。彼女は朝からさっさと外してもらったらしく…「今日外すって先生言うてたのに。」と看護師も不安そうに言っていた。最近物忘れが多いとの事。
結局その日はドタキャンされた。
やっと鉄兜から解放されると思ってたのに、激怒のあまり先生にメールをすると「忘れてました、」
2度目だし骨がきちんと付くまで3ヶ月。その間に、歩行練習は始まり、ひと以上歩いてないので、最初は大変だった。随分慣れてきた頃にCT来た!マスクマンと喜びあった。
それなのに!何?大声で叫んでしまいたくなるのを抑え翌日、病棟で待つように言われた。待ちながらリハビリはきちんとやらされる。早歩きで先生が来て、病室に移動。セルシンで眠くなるのを待つはずが、注射をしてすぐ、外しにかかる。取るのに10分程。凄い早業だった。が、さすがに痛かった。即座にカラーで固定すると、そそくさと去っていく。午後より天王寺の病院の診察日だった。
が、これを逃すとまたいつ鉄兜から解放されるかわからん!
取った後にセルシンの効果がでて、そのまま昼まで眠りについた。爽やかな目覚めのハズだった。
この後3日ほどふわふわとした頭との戦いになった。3ヶ月…私の頭を支えてくれていたハローベストの偉大さに気づく。
リハビリ中もぼーっとしている。意識があるがふんわか違うところで見てる状態が続く。
3日して、ようやく頭の本来の重さに慣れてきて、ホッとした。
また、声のでかい浅野さんに戻ったと笑う。仲良くなったおばさん、いや、お姉さんが、エレベーターの中で私が来た!って分かると、いつも笑う。
そんなに声がでかかったのだろうか?私自身は自覚無しだ。
昔から内緒話は出来なかったから、やはり声のトーンが高かったんだろう。
ハローベストが取れたことでリハビリは実践的なものへ変わる。
寒い冬が、迫るころ、ようやく外歩きが始まり、退院まで一歩前進した!
そんな中マスクマンが小声で囁く。
「浅野さん、後頭部にハゲできてる!」
「ハゲ!」
思わず,高音で叫び、リハビリ室に響く。
まず近づいできたのは、鬼コーチ。後からどんどん集まって来て
確かに!と言い残し去っていく。
せっかく伸び始めた毛が禿げるなんて。
ストレス貯めてたのかもしれない。同室の仲良し姉さんがスマホで撮った写真を見せてくれた。落ち込む私に、「ちょっと禿げてるだけや。大丈夫やで」
師走に入り、世間は新しい年へそそくさと動く。相変わらず、リハビリは続いた。
今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。