「信頼と調整」でマルチプロダクトのロードマップを作る
SmartHRのadachiです。CPOをやっております。
マルチプロダクトのロードマップ、どうやって作ってますか?
プロダクト間の調整どうやってますか?
どうやって優先順位つけてますか?
こちら他社の方にも、採用候補者の方にも、めっちゃ聞かれます。
皆さん気になりますよね、お困りですよね、わかります。うちもです。
これまでは、質問いただく度に「うちも試行錯誤中で、まだ改善の余地ありまくりなんですが…」という前置きとともに現状の運用を説明していたのですが、口頭ではわかりにくい部分もあるよな〜〜いつか記事にしたいな〜〜〜というのはずっと思っていました。
お盆休みで会議が少ないこの隙に、書いてしまおうと思います。
…思っていました。
気がついたらお盆、終わってました。光陰矢の如し。
キュウリに乗ってやってきたご先祖様も、ナスに乗ってお帰りになったことでしょう。
皆さんはどんなお盆を過ごされましたか?
私は特になにも。
自分、まだお盆やれます!やらせてください…!
話が逸れました。マルチプロダクトのロードマップの件でしたね。
うちも試行錯誤中で、まだ改善の余地ありまくりなんですが、今のやり方を紹介させてください。
前提:事業上の要請
ロードマップの話をする前に、前提としてSmartHRがどんなビジネス展開をしており、プロダクト開発には何が求められるのか、という背景について軽く触れておきたいと思います。
事業観点で開発組織に求められることは、すごくざっくり抽象化すると以下の2点になります。
前例のない価値を作る
相互に深く連携するマルチプロダクトを作る
1点目は、基本的にスタートアップ全般に言えることではありますが、既存のものを模倣するだけでなく、そこに新たな価値を加えたり、あるいはまったく新しい製品カテゴリーを生み出すことが求められる、という意味です。
新しい価値は計画的に作り出すことが難しいので、仮説検証を繰り返す探索的なアプローチが必要になります。
2点目は、複数のプロダクトを個別に開発・販売するのではなく、それらを組み合わせたパッケージ全体として付加価値を作っていくという方針です。
具体的には、複数プロダクトを併用する際の効率性やわかりやすさ、そして複数プロダクトを組み合わせることでしか提供できない価値の創出が求められます。
これはいわゆるコンパウンド・スタートアップと呼ばれるものと基本的な考え方は同じですが、私たちの場合は後付けでマルチプロダクト化していったので、正確にはコンパウンド・スタートアップではないと考えています。
あとは流行りに乗っかるのがなんとなく嫌という気持ちもあり、今のところコンパウンドという言い方はしていません。
自律と全体最適の両立
さて、以上のような事業上の要請に応えるためには、開発組織として次の2つの要素を両立させる必要があります。
自律:開発チームに大きな裁量があり、探索的にプロダクトを作れる
全体最適:複数チームが連携し、全体の一貫性を保ちながら機動的に動ける
SmartHRでは創業期からボトムアップなカルチャーを志向してきたため、自律性については一定の下地ができていました。
一方、全体最適についてはマルチプロダクト化に伴って新しく出てきた課題であり、まだ試行錯誤している段階です。
プロダクトのロードマップについても、以前は各開発チームがそれぞれ個別に作っており、全体最適を担保する仕組みもないし、そもそも現状が全体最適になっているか評価する方法もない状態でした。
これはまずいということで、私たちは2年ほど前から複数プロダクトのロードマップをいい感じに運用するための仕組み作りを始め、改善を重ねながら運用してきました。
「複数プロダクトのロードマップをいい感じに運用するための仕組み」だと長いので、社内ではこれを「ロードマップアライメント」と呼んでいます
ちなみに社内ではアライメント派とアラインメント派が静かに火花を散らしており、私はアライメント派です。
ロードマップアライメント
ここからは、ロードマップアライメントという仕組みに至るまでの思考の過程を見てもらったほうが、「なぜそうしているか」がわかりやすいと思うので、順を追って説明していこうと思います。
まず各プロダクトチームの基本の動き方ですが、先にも述べた通り、私たちには探索的な手法が向いているので、一般的なアジャイル開発のスタイルをとっています。
まずロードマップを作り、それをもとにプロダクトを作り、ビジネスチームとユーザーに提供し、フィードバックを得て、必要であればロードマップを修正します。
これをマルチプロダクト化する一番シンプルなやり方は、プロダクトチームとビジネスチームをユニット化して、並列でいくつも作ることです。
実際、この形をとっているマルチプロダクトの企業は多いです。いわゆる事業部制ですね。
しかし、SmartHRの場合は「相互に深く連携するマルチプロダクトを作る」という前提があります。このやり方ではプロダクトだけでなく、ユーザーの購買・活用支援プロセスも分断されてしまいがちなので、早々に選択肢から外れました。
次に思いつくのが、まず経営層がマスタープラン的な上位のロードマップを作り、それを各チームのロードマップにブレイクダウンしていく方法です。
このやり方は一見良さそうに見えますが、
そもそも現場感の薄い経営層が妥当な上位ロードマップを作れなさそう
作れるとしてもかなり抽象度が高く時間軸も長いものになり、そのまま各プロダクトのロードマップにブレイクダウンできるものにはならなさそう
もしくは、上位ロードマップが各プロダクトのロードマップを寄せ集めただけのものになり、形骸化しそう
仮に妥当な上位ロードマップができたとしても、プロダクトチームの自律性や創造性が失われてしまいそう
などの懸念があり、この方法も採用したくありませんでした。
プロダクトチームの自律性を維持したまま、全社の方針がきちんと各プロダクトに反映され、全体最適が担保される方法はないものか…ということで辿り着いたのが「注力テーマ」方式です。
このやり方では、経営層が作るのは「上位のロードマップ」ではなく「会社として次の半年間で特に注力したいテーマのリスト」略して「注力テーマ」です。
テーマの数は特に定めていませんが、だいたい毎回5個くらいになります。
手順としては、以下を半年に1度のサイクルで行います。
各ビジネスチームからビジネスの状況を収集する
各プロダクトチームから開発の状況を収集する
それらを経営会議でインプットし、会社の置かれた状況を俯瞰的に把握する
インプットをもとに「注力テーマ」を決め、合意する
注力テーマを各プロダクトチームに伝え、ロードマップに反映してもらう
はじめにビジネスと開発の状況を収集してインプットするのは、私たちの規模とプロダクト数では、全体を解像度高く、かつ鮮度高く把握している人がいないためです。
また、この過程を経ることで、半年前に定めた注力テーマがうまく実行されたか、テーマとして妥当だったかという振り返りの機会にもなっています。
この仕組みは要するに、各プロダクト単位で回しているサイクルの外側に、もうひとつマルチプロダクト全体でのサイクルを足して、全体でフィードバックループを回せるようにしよう、という考え方です。
特に意識はしていなかったのですが、結果的に「ダブルループ学習」に近い形になっています。
なお、注力テーマという概念はSpotifyのカンパニーベット(Company Bets)という仕組みに多大な影響を受けています。というか、ほぼそのまんまです。
また、念のため補足しておくと、新領域への参入などはトップダウンで決めることもあり、プロダクトに関するすべての経営判断がこのサイクル内で完結しているわけではありません。
信頼と調整
以上はあくまで今のSmartHRのやり方であり、当然ですがすべての企業におすすめできるものではありません。
ロードマップの作り方に正解はなく、会社ごとの固有のコンテキストに合ったやり方を見つける必要があると思います。
私たちなりのやり方を作っていくうえで拠り所となったのは「プロダクトのロードマップを適切に作れるのは、現場のチームである」という信頼です。
ロードマップ作りにおける経営層の仕事は、各チームが適切なロードマップを作れるよう、全体の方向性と焦点を示し、足りない情報を補うことである、と考えています。
中央集権的な管理手法は「Command & Control」(命令と統制)と呼ばれますが、私たちのアプローチは「Trust & Alignment」(信頼と調整)なのです。
伸びしろしかない
こういった話をすると「仕組み、整ってますね〜」という反応をもらいがちなのですが、正直なところまだ理想にはほど遠く、個人的にはまったく満足していません。
ロードマップアライメントに関しては、情報集約から注力テーマ決定までに時間と労力がかかりすぎており、もっとスリム化していきたいし、周期も半年では遅いと感じています。
また、普段のプロダクトごとのフィードバックサイクルについても、組織が大きくなってビジネス側との密な連携が難しくなってきています。
ユーザー要望の収集や活用なども、規模の拡大とともに難易度が上がってきています。
プロダクトとビジネスがもっとダイレクトに繋がる、アジリティの高いマルチプロダクト組織になるために、まだまだ解決すべき課題はたくさんあります。
ロードマップアライメントのような仕組みの整備だけでなく、組織の形態やカルチャーなども変えていく必要があるかもしれません。
一緒にやらないか
現状、ロードマップアライメントはProduct Opsというチームで運営していますが、メンバーが全員PM・PMMと兼務ということもあり、やりたいことのほんの一部しかできていません。
SmartHRは現在、従業員数が1000名を超え、プロダクト数は20を超えました。この規模で「信頼と調整」をベースに組織と事業をスケールさせていくのは、結構チャレンジングだと思っています。
面白そうだな!と思った方はぜひ、お話しましょう!
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