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1分ノベル『花の行方』

春の匂いが満ちる午後、陽菜はいつものように祖母の庭にいた。小さな庭だけれど、祖母の手によって四季折々の花が咲き誇る。

「この花はね、風に乗ってどこまでも行くのよ」
祖母はそう言って、ふわりと飛んでいくタンポポの綿毛を見つめた。

陽菜がこの庭に通い始めたのは、心が少し疲れたからだった。大学を卒業し、就職して半年。思い描いていた未来とは少し違っていた。職場の人間関係、終わらない仕事、誰かと比べては自分を責める日々。そんなとき、祖母の庭は彼女にとって唯一、心が解放される場所だった。

「花はね、誰かに見られるために咲くんじゃないの。ただ、咲くのよ」

祖母の言葉が、陽菜の胸にじんと響いた。

彼女は祖母の庭の片隅に咲く、一輪の小さな花を見つめた。他の花に隠れるようにして咲いていたその花は、誰にも気づかれず、けれど確かに存在していた。

「この花、かわいいね」

そう言うと、祖母はにっこり笑った。

「陽菜もそうよ。誰かに見てもらうためじゃなくて、自分のために生きなさい」

その言葉に、陽菜はふっと息を吐いた。心の奥に詰まっていた何かが、ゆっくりほどけていくような気がした。

それから数週間後、祖母が静かに息を引き取った。

陽菜は涙をこらえながら、祖母の庭に立った。いつものように風が吹き、花々が揺れている。その中に、あの日見つけた小さな花も、ひっそりと咲いていた。

「おばあちゃん……」

彼女はそっとその花に触れた。花びらは驚くほど柔らかく、けれどしっかりと根を張っていた。

風が吹くたび、花は揺れる。どこまでも続く空の下で、ただ咲く。

陽菜はそっと目を閉じた。

「私も、自分のために生きてみよう」

その瞬間、どこからか祖母の声が聞こえた気がした。

「風に乗って、どこまでも行くのよ」

陽菜は静かに微笑んだ。花は、風に吹かれながらも、確かにそこに咲き続けていた。

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