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1分ノベル『祭りのあと』
夏の終わりを告げる太鼓の音が、ゆるやかな風に乗って町中に響いていた。
光太は神社の境内に立ち尽くしていた。赤や黄色の提灯が揺れ、人々の笑い声が混ざり合う。けれど、彼の心は妙に静かだった。
「……祭りは終わったんだな」
誰にともなく呟いた。ふと、浴衣姿の少女が目に入る。茜だった。彼女は、あの日と変わらぬ笑顔を見せていた。
「光太、久しぶり!」
少しはにかんだような声に、光太の胸がチクリと痛んだ。
「……元気だったか?」
「うん! 光太は?」
「まあ、なんとか」
どちらも、言葉の裏に多くの想いを隠していた。かつて二人は恋人同士だった。けれど、些細なすれ違いが積み重なり、別れてしまった。ちょうど去年の祭りの日に。
光太は、目の前の彼女が遠い存在に思えた。けれど、不思議と穏やかな気持ちでもあった。
「もう、泣かないの?」
突然の問いかけに、茜は驚いた顔をした。
「泣かないよ。……光太も、もう泣かないでしょ?」
「そうだな」
光太は、夜空に打ち上がる花火を見上げた。ドン、と腹の底に響く音。去年は、この音が苦しかった。でも今は違う。ただ、美しいと感じた。
「光太、ありがとう」
「何が?」
「なんとなく。……さよならって言うのも違うし、またねって言うのも違う気がするから」
彼女の笑顔は、もう過去に囚われていないものだった。
「そっか。じゃあな」
光太は、手を振った。茜も、少し寂しそうに、それでも嬉しそうに頷いた。
人ごみに紛れる彼女の姿を見送って、光太はゆっくり歩き出した。
祭りのあとの、風が吹いていた。