カードゲーム「すべてがちょっとずつ優しい世界」アートワークの制作過程
1. はじめに
カードゲーム「すべてがちょっとずつ優しい世界」が双子のライオン堂書店さんから本日発売されました!この作品ではアートワーク担当としてお仕事をしました。今回は、漫画家である西島大介さんとのコラボ作品ということで、漫画がゲームの形になるまでの過程を、アートワークの視点から語りたいと思います。
その前に、こちらがどんなゲームかご紹介します。
カードゲーム「すべてがちょっとずつ優しい世界」は、作品世界のキャラクターになって、漫画に登場するアイテムをコレクションしていくゲームです。村のあらゆるシーンを上手に集めた人が勝ちです。ゲームで使用する60枚のカードは全て異なる絵柄で、漫画『すべてがちょっとずつ優しい世界』のシーンを贅沢に使用しています。ゲームの内容は、「セットコレクション」と「チキンレース」。7種類のカードを集めることが目標なのですが、プレイヤーは漫画のキャラクターが描かれた役割カードをこっそりと持ち、特殊能力を活用しながら競い合います。
原作漫画の『すべてがちょっとずつ優しい世界』(講談社、2012年)は、現在中古でしか買えない状態ですが、手に入りやすくなるように準備をしているそうです。村に住むかわいいキャラクターたちが織りなす、ちょっと切ないお話です。
ゲームの企画はライターの田中佳佑さん、システムはゲームデザイナーの新澤大樹さんです。今回、新澤さんが手掛けられたルールはとても簡潔で、駆け引きもあり、アナログゲーム初心者の方でも楽しめるものになっています。特に「手元に漫画のシーンがコレクションされていく」体験は、漫画という媒体を活かしたシステムになっています。
2. アートワークをする上での目標
今回のアートワークで目指したことは、「原作漫画の世界を、いかにゲームでも体験してもらうか」ということでした。そこで意識したのは、以下の3点です。
① ゲーム全体で、漫画の舞台である「くらやみ村」を表現する。
② 印象的な漫画のシーンをできるだけ内容物に取り入れる。
③ 漫画や西島さんのファンの方にも親しみやすいデザインを心掛ける。
3.「くらやみ村」の表現
まず①を実現するため、最初に決めたことは「すべての内容物を白黒で統一する」ということでした。原作漫画の表紙からもわかるのですが、この漫画は「くらやみ村」という、静寂と闇が支配する世界で物語が進行します。特徴的なのは、背景が黒ベタで塗られているシーンがとても多いということです。例として、西島さんが今回のために描き下ろした漫画のワンシーンを見てみます。
と、このように暗闇の背景と真っ白なキャラクターたちのコントラストが印象的な作品です。※ 描き下ろし漫画の続きはこちらで見られます。
しかし、内容物を白黒に統一することで、新たな課題が生まれました。それは、「色を使わずにどのようにカードを識別させるか」ということです。
カードゲームの場合、その課題を解決するために、色と形を組み合わせて識別させることがとても多いように思います。私が遊んできたゲームの中でも、全てが白黒のデザインというのはあまり見かけない気がしました。(もし「こういうゲームがあるよ」と知っている方がいたら教えてくださいね!)しかし、だからこそ試してみたいという気持ちもありました。
今回使用したカードは63×44mmのハーフサイズです。このサイズが選ばれた理由は後ほど説明しますが、これがなかなかに小さい……!この中に漫画のシーンを大きく見せながら、カード枚数や名称、アイコンに加え、識別させるための要素を入れるのに試行錯誤しました。なるべく、カードの中に入れる情報はすっきりと見せたいので「お互いの要素が邪魔し合わないように」バランスのよい配置を意識しました。
ちなみに、最初に送られてきたカードの仕様書はこんな感じです。
仕様時点では要素がざっくりと決められています。これを元にラフ画をいくつか作成し、実寸で印刷して確認しながらデザインを詰めていきます。
カードの識別に関しては、フレームの柄の変化で対応することにしました。小さなカードなので、柄がしっかり見えるかという調整には時間がかかりました。柄の選び方としては、認識できるけれど、主張しすぎず、漫画のシーンを邪魔しないようなパターンを選びました。すべての内容物を白黒にすることはこのような課題もありますが、視覚的に統一感のあるデザインを達成できたと同時に、「くらやみ村」を最大限に表現することができたのではないかと感じています。
4. シーン選び
今回、漫画をゲームの形にする上で最も重要視したことは、「漫画のどのシーンを選んで、カードにレイアウトしていくか」ということでした。本作品ではアイテムカードの種類が7種類あり、一枚一枚異なるシーンを使うという方針が仕様の時点で決まっていました。よって、50のシーンを漫画の中から選び、カードの比率に合わせて調整していく作業が伴います。
アイテムカードの7種類は、以下のように分類されていました。
1. あそび
2. おうち
3. おばけ
4. オーロラ
5. おんがく
6. くだもの
7. ひかりの木
例えば、「あそび」のカードは全部で8枚あるので、漫画の中から遊びにまつわるシーンを8つ探します。シーンを選ぶ上で意識したことは、「遠くから見てもダイナミックな構図で、何のシーンかが理解できること」です。また、漫画のシーンの比率はカードの比率とは異なるので、カードに収まるサイズに切り抜きしてレイアウトしていきました。
シーンの素材は、西島さんがデジタル版の原稿を整えられていたこともあり、そのjpegデータを使用しました。実は一連の作業の中でも、このシーン選びに一番時間がかかっているのですが、こういったプロの漫画家さんのシーンを選べるのは貴重な体験なので、アートワークをする中で最も楽しく、ワクワクした時間でした。
5. ファンの方に楽しんでもらうために
カードやパッケージを見てみると、手書きのフォントが使われていると思います。実は、今回は西島さんの手書きフォントをあらゆる場所に散りばめています。デザインに着手する前に、田中さんから「西島さんの書く文字はかわいいですよ」と聞いていたので、今回ぜひ使ってみたいという思いがあり、題字を書いていただきました。
西島さんのフォントが届いてから、その文字をパス化(画像を分解し、図形として自由に動かせるようにする処理)をし、カードやパッケージに配置しました。
また、「やくわりカード」は今回のゲームのために西島さんが特別に描き下ろしたイラストになります。よく見てみると、数年の時を経て、キャラクターの画風が少し変化していることに気づくと思います。
そして、「やくわりカード」についている特殊効果のアイコンは、西島さんの画風を意識して私が手書き風に作成しています。細かい部分ではありますが、どのような線にすれば西島さんのタッチに近づけられるのかというのは何度か試しながらアイコンを作りました。
6. パッケージと今後のブランディング
最後に、パッケージのデザインに触れたいと思います。もともと本作品を出版した双子のライオン堂書店さんでは、すでに「アメリカンブックショップ」というカードゲームを出されていました。こちらも、新澤さんがゲームシステムを作られています。このゲームのパッケージは本の形をしていて、本の表紙(蓋)をめくると開く仕組みになっています。
実は、今回も本型の箱でいくかは悩んだところでしたが、最終的には踏襲することにしました。田中さんとの打ち合わせで、「せっかく本屋さんからゲームが出るのだから、今後のシリーズはすべてこの形でいこう!」ということを決めました。いずれこのような「本を題材にしたゲーム」シリーズが続いていくことで、本棚にゲームが並んでいくのは素敵だな、と未来の姿が想像できたからです。
「アメリカンブックショップ」と並べてみると、高さや横幅は同じですが、今回は奥行きだけ狭くなっています。ちなみに、先ほどハーフサイズのカードにした理由というのは「この箱にぴったり入るサイズを選んだ」からでした。
7. おわりに
本作品は現在、一部書店や美術館のミュージアムショップにも置かれていますが、本やアートに興味のある方や、西島さんのファンの方など、ゲームショップ以外で購入される可能性が高い作品でした。そのため、カードゲーム初心者の方でも遊べるよう、幅広いユーザーを意識してデザインをしました。この制作過程を通して、そうした取り組みが少しでも伝わり、作品に興味を持っていただけたら嬉しいです。また、「漫画作品をカードゲームにする」という事例はまだ少ないと思うので、これから実践される方へ向けて参考になればと思います。
最後に、すでに漫画を読んでいる方も、これからという方も、このカードゲーム「すべてがちょっとずつ優しい世界」で楽しい時間を過ごしていただけたら幸いです。