つくることは生きること
こんにちわ!
好きな言葉は「 子供しかるな 来た道だもの 年寄り笑うな ゆく道だもの 」
自称WEBデザイナーの卵 みゃあ(@asami_7777)です!
「WEBデザイン」を始めるきっかけは人それぞれ理由があると思います。
「お客様の課題解決をしたい」
「稼ぎたい」
「誰かの役にたちたい」
私が学習を始めたのは元の職場で、やりがいを感じられなかった事と、子供の就学がきっかけでした。
遅い時間まで学童で過ごしてもらうのに、死んだ魚みたいな目をして働くのはどうなのか?どうせ見せるなら「働くっていいな」って思ってもらえるような姿をみせたい。と思ったのでした。
そこで自分が選んだのが、なぜ「WEBデザイン」だったのか?
過去の自分を振り返って、考えてみました。
洋服や漫画を「つくる」幼少期
ひとりっ子の私の遊びといえば、ひとり遊び。
ジェニーちゃんやバービー人形での、ままごと遊びも大好きで、
小学生くらいには、お人形の洋服を自作したりしていました。
本を読んだり、お絵かき、ぬりえも大好き。
漫画も大好き(実家には1500冊くらいある…汗)
小学校高学年になる頃には、ゲームにもハマり、
ゲームキャラの4コマ漫画とかを、書いたりしてました。
ゲームやアクセサリーを「つくる」中学時代
中学でパソコン部に入部し、初めてパソコンと出会う
ゲームとか作る(まさかのMS-DOS!年ばれる…)
ここでタイピングを習得!
中学3年の頃、大流行していたFRUITSやKERA、Zipperなどの原宿系に傾倒
(年ばれる…リターン
原宿に通い当時界隈で流行っていた、針金とかチューブで作成するアクセサリーを自作して手売りしたりして、これが結構売れたりして。
当時は材料収集に、東急ハンズにめちゃくちゃ通ってたな〜笑
もちろん洋服も自作したりして、派手だからよく「竹の子族かい?」とか言われてたな〜笑
服を「つくる」高校時代
そのままファッション大好き状態で高校生になり
文化祭ではファッションショーを主催して、洋服のデザインや作成、音楽、演出を考えたり、流す映像を作ったり
でも将来の夢は「デザイナー」ではなく「スタイリスト」だった
「0→1」に自信がなかったし、個性みたいな自分の「色」みたいの無いなと思っていた。特定のブランドや、古着だけとかに縛られたくなくてショップ店員という道も考えたことがなかった。
デザイナーが「0→1」で作成した素敵な洋服たちを、「1→120」にするみたいな仕事がしたかった
とにかく「つくる」ファッションスクール時代
家庭がちょっぴり複雑だったので
金銭的に進学はできなかったけど、どうしてもファッションについて学びたかったので、高校卒業後に働いたお金を貯めて、社会人向けの1年制のスクールで学びました。
サムネ画像は当時授業で、自分で物撮りしたやつ(フィルムだぞ…)
Photoshopとはここではじめまして。
結局、スタイリストにはならかったけど
バイトしながら、スタイル画は何枚も書いたし、3日徹夜して眠くて泣きながらミシン踏んでたし、徹夜でPhotoshopで雑誌編集とかしていたな(鬼
学外でファッションショーしたり、自主制作したり楽しかったな〜
なんかずっと「つくってる」
そう、思えばなんかずっーと「つくって」きた
結婚式ではブーケから、ウェルカムボードから、オープンVTRもプロフィールVTRも自作
ペーパーアイテムは全てパワポで自作して、なんと結婚式は黒字だった←
お金を浮かせるのはもちろん、イメージに合うものが無かったから自作した
子供ができてからも、帽子編んだり、ベスト編んだり、
お宮参りのドレスはミシンなくて手縫いで自作した
上履き入れや、防災頭巾入れとかももちろん作った!
勘違いしてほしくないのは「いいママ〜」みたいな感じではない
料理は作るけど全然すきじゃない←
「つくって」いきる
ただ、どうやら私は「つくること」が好きみたい
でも「創造」の「創る」じゃない気がする
手を動かして「つくる」
誰かの1を120にする
ファッションデザイナーみたいに表に名前がでるような仕事じゃなく
自己や個性とかを主張したい気持ちはなく、黒子みたいな人でいたい
あとパソコンが好きで、ずっと触っていて苦じゃない
だから選んだのかな…と合点
「デザインで生きていきたい」と最近言っていたけど
多分「つくって」生きていたいのかな
なんか高尚な理由じゃなくてお恥ずかしいけど、正直な気持ちです
老後はNetflixとかみながら、編み物とか刺繍とかして過ごしたいな〜
なんて、気が早い夢をみたアラフォーなのでした♪
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