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あなたと家族をつなぐものは、なんですか?

よそはよそ、うちはうち

頭ではそうわかっていても
隣人になにかあったら
覗きたくなりませんか?

不幸なことなら、なおさら。
みんな他人の不幸を知ることで
自分の方が幸せだと信じたい。

そう言うわりに
自分のうちで起こっていることは
誰にも見せたくない、知られたくない。

これが社会で生きる人間というもの。
そう言っても過言ではないと思います。

この点、看護師という仕事は
いろんな人間を、人間性をみれる貴重な仕事。

私はここに、看護の魅力が詰まっていると考えています。

実父の死をみんなで願う家族もあれば、患者さんの目の前で妻と愛人が殴り合いのケンカを始めたこともありますし

一方で、嫁と姑が血縁を超えて本当の親子になっているような家族や、大家さんと住人が30年来の信頼で結ばれ他人としての関係を超えているところもありました。


今回はその中でも

・某有名企業の重役だったエリートサラリーマン
・美人な奥様
・息子2人は有名私学の中高生

という小林さん一家の話をさせてください。
この家族も私の中で忘れられない患者さんの1人です。

あなたと家族をつなぐもの
この記事がこれを考える機会になったら嬉しいです。



携帯電話を離さない小林さん

まずは、小林さんの病気について簡単に説明させてください。

小林さんは50代の男性。
病名は肝がん末期。
某有名企業の重役でした。

入院当初から1泊3万円する個室部屋を希望され
誰もが知ってるハイブランドのバックや小物が荷物の中にたくさん。

パジャマや下着も質の良いものばかりで、お金に苦労したことがない暮らしぶりを感じました。

病気の経緯は
B型肝炎ウィルスに感染し肝硬変へ。
そのうち肝がんに移行してしまい
入院の時点でもう末期の状態でした。

ただ幸運にも、痛みや苦しさは症状としてあまり出ずゆっくりと、でも確実に進行していくタイプでした。

余命はあと2ヶ月ほど。
本人はじめ、ご家族にも告知はされていましたが、この病気は突然状態が変化しそのまま亡くなってしまうことも多いです。

もっと早く逝ってしまうかも…
担当医も私たち看護師も
そう思っていました。


肝がんというと、一般の方にはなかなか馴染みがないかもしれませんが、身体がむくんだり、黄疸といって身体がどんどん黄色くなりかゆみや乾燥を伴う症状が出てきます。

小林さんの場合、特に下全身にむくみが強く出ており、足はゾウさんみたいでした。

歩くことはおろか、立ち上がることも出来ず、1日中ずっとベッドで過ごすことが当たり前。

肝がんのこの段階では、薬や処置はほとんど役に立たず、むくみを緩和するためのマッサージや、よく眠れるように環境を整えることを優先させてケアしていました。

小林さんは足のマッサージを受けたり、テレビを見たり、新聞を読んだりして1日を過ごします。

中でも、携帯電話(当時はガラケーですね)をいつも離さず握っていました。

私たち看護師がいる側でも、いつもメールをしています。しかも、にこにこしてとても嬉しそう。

私はてっきり、ご家族とのやり取りを楽しんでいるんだと思っていました。



氷の国の妻と、春からやってきた…

ある日、小林さんの部屋でケアをしていたところ、ガラッと部屋の扉が開いてカツカツと音が近づいてきました。

振り向くとそこにはハッとするような美人。
小柄で華奢、シワのないスカート、黒いハイヒール、肌のトーンよりも濃いめの口紅。クールを通り越し、すこし冷たい印象を与える女性でした。

小林の妻です。着替えや必要なものを持参しました。

それだけ言い切ると、戸棚やテーブルに持ってきたものを淡々としまっていきます。

その間、小林さんの方を一度も見ません。
小林さんもずっと携帯電話をいじっています。

妻が部屋を出て行くまで、2人の会話は一切ありませんでした。

私はケアを続けながら、妻が部屋にいた時間、部屋の温度がグッと下がるのを感じました。まるで、2人の関係の冷たさが、部屋に呼応しているかのよう。

どんなに勘が鈍い人でも、夫婦仲が良くないこと、そして携帯電話のやり取りの相手が妻ではないことが一瞬でわかると思います。

私はケアを続けるしかありません。
その後、小林さんと取るに足らない会話を続け
部屋をあとにしました。



同じ日の夕方。


検査説明のために小林さんの部屋を訪れると、夕日のせいだけではない暖かさを感じました。

カーテンを開けると、女性がベッドサイドに座っています。
しかも、楽しそうに小林さんと談笑中。

小林さんがいつも持っている携帯電話は
テレビの横で充電中。

彼女は、薄いトーンのパンツスーツ、ふわっとした長い髪、ややふっくらとした体型、優しい視線が印象的な、まるで春の日差しみたいな女性でした。

お知り合いの方ですか?
と、私が声をかけると2人とも少しだけしどろもどろになりながらも
女性の方が口を開きました。

あ、私、小林の秘書をしています◯◯と申します。会社の業務や身の回りのお手伝いをさせていただいておりまして。今日はこれで失礼しますね。

と、言いながら身支度を始めようとする彼女に向かって小林さんが言います。

もう少しそばにいてほしい、と。


ここでピーンと来ない女性はどこにもいないでしょう。
そうです、この女性が携帯電話のお相手、かつ、小林さんの愛人でした。

さっそく、ナースステーションに戻って
自主的カンファレンスの始まりです。

ちょっと聞いてー!小林さんのところ愛人っぽい人がきてるの!!あの髪の長い、いつもスーツの人でしょ?愛人っぽいじゃなくて愛人ねやっぱりー!もう長い付き合いらしいよ奥さんにもバレてるらしい…え、そうなの?この前、奥さんが『もう少ししたら愛人がくるので鉢合わせしないよう誘導してくれませんか?』ってお願いされたよそんなお願いあったの?ええ!女ってこわい…愛人からは「会社の方針や業務に関わるので出来たら私にも病状を教えていただけませんか?」って言われたけど親族以外は無理だよって伝えてある。ええ…?この件、カルテのどこかに書いてあります…?あぁ、このページのここに愛人情報まとめがあるよ…なんだって!!


同僚たちの情報収集能力に唖然としながらも
愛人情報まとめをじっくり読み
いろいろと合点がいった私でした。


ここで、なんで看護師が文春みたいに愛人の情報まで収集・管理しないといけないの?と思う人がいるかもしれません。

それは、私たち看護師には、より安全で安心できるケアを患者さんに提供する義務があります。

そのためには、患者さんの健康・暮らしに関するありとあらゆる情報を入手・管理する必要があるからなんです。

例えば女性の場合、現パートナーより以前の中絶歴・妊娠歴を隠したい人が多いですが、それもこちらとしては必要な情報。その経過の途中で、なにかの病気や障害を、本人の気づかないうちに発症しているかもしれないからです。

小林さんの場合、愛人がいることで身体的症状が悪化することはないですが、目の前で妻 VS 愛人のケンカなんて起こしては大変!

心的ストレスや血圧の上昇によって、太い血管に負荷がかかり、最悪の場合、大出血を起こす可能性がありました。

人生最期の思い出が、妻と愛人のケンカだなんて悲しすぎませんか…?

愛人がいることに対して、女性としてはいろいろ思うところはありましたが、少なくとも小林さんの人生の最期を台無しにするような真似はしたくなかった。

それは、病棟スタッフ全員の思いでした。



家族をつなぐ黒いもの

あれから1週間がたち、小林さんも寝ている時間が増えてきました。
寝てるといってもすやすや寝ているのではなく、病気の進行によって意識が遠のいている、と言った方が正しいかもしれません。

あれほど大事にしていた携帯電話を持つ手も震えるほど。
この頃には、メールすらほとんど出来ない状態でした。



そんな中、妻と子供たちがお見舞いにきます。

妻はいつも通りスーツ。
子供たちは高校生と中学生の男の子。
某有名私立校の制服、エンブレムのついたカバンを持って
けだるそうに部屋へ入ってきます。

患者である小林さんをチラ見したあと、そのまま奥のソファに座ってゲームをはじめる子供たち。会話や音声からモンハンをしているのが見て取れます。小林さんそっちのけでケラケラと笑いながら楽しんでいるようでした。


それを見て、近くにあった折りたたみの椅子を広げ、何も言わないまま女性誌を広げる妻。静かな寝息を立てる小林さん。


私は、なんとも言えない、むなしい気持ちでいっぱいでした。

端から見たら、肩書きもお金もある裕福で恵まれている理想的な家族。

それなのに、小林さんを含め、妻も子供たちもまるで「家族」という黒い鎖に縛られているように見えました。お互いがお互いの鎖を外す鍵を持っているのに、鍵を渡すことも、鍵を外せることも、恐れているような空気感。

いくら時間が経過しても、小林さんとの会話は一切ありません。
私は居心地が悪くなり、検温を終えたあとすぐに部屋を去りました。




春よ、来い

いよいよ、小林さんの具合が悪くなっていきます。
亡くなるまで、もってあと数時間。

その時、愛人が病棟に駆け込んできました。
息を切らしながらこう言います。

あの…危篤だと聞いて…なんとか会わせてもらえないでしょうか?

彼女自身、自分が愛人であると病棟スタッフに知られるのを承知で
尋ねていることがわかる雰囲気、そして言いようでした。

小林さんに会わせてあげたい。
そばにいた私も、担当ナースも
担当医だってほんとは同じ気持ち。

しかし、現実には不可能でした。


ベテランナースが彼女を遮り、優しく伝えます。

・キーパーソンである妻が家族以外の面会を拒否している以上、あなたを個室へ通すことは出来ないこと
・緊急連絡先に登録されていないあなたに、カルテ内の個人情報をお伝えできないこと
・もしも、小林さんが亡くなってもその時間や今後の葬儀などの詳細を知らせてあげられないこと

これを聞いている途中から彼女の目からはぽろぽろと涙がこぼれ、話が終わる頃にはその場で膝から崩れ落ち、子どものようにわんわん泣いているのを、私はただただ見つめることしか出来ませんでした。

泣き続ける彼女をデイルームまで連れていき、帰路へつかせたベテランナースも、さすがにこれはつらいわね…と神妙な顔つき。


そうこうしているうちに、小林さんの脈がどんどん落ちていきます。

個室へ入ると、子供たち2人はあいかわらずゲームをしており、妻は女性誌を見ていました。もう小林さんの意識ははるか遠く、呼吸はいまにも止まりそうです。

そろそろですかね。

妻がモニターを見ながらこう言った瞬間
小林さんの脈は止まりました。



みんな天使になってもらうために

ここでちょっとだけ、患者さんが亡くなったあとの流れをご紹介させてください。

医師が死亡確認したあと、私たち看護師はエンゼルケアを行います。
エンゼルケアのいわれは様々ですが、亡くなった人がみんな天国で天使になれるようにエンジェル→エンゼルケアになったという説が、私は好きです。

実際には、挿入されていたカテーテルや針を外し、口の中やおしりに詰め物をして吐物や汚物が外に出ないようにしたり、死後硬直や筋肉の弛緩を考慮して生前に近い表情が保てるようお化粧をする処置になります。

さまざまな事情で火葬までに時間がかかる場合、ご遺体の腐敗が進んでしまうので、エンバーミングといってより専門的な管理をする場合もあります。


小林さんのエンゼルケアを後輩と進めている中
後輩がこんなことを言いました。

なんなんですか、あの家族。亡くなってからも表情一つ変えませんでしたよ。それよりも、愛人さんに看取られた方がよっぽど幸せだったんじゃないでしょうか…


きっと、関わるスタッフみんなが同じ気持ちでした。

でも、妻がキーパーソン(患者本人が意思決定困難になった場合の代理判断者)となっている以上、私たち医療者はそれを変えたり、説得することは出来ません。

看護師の記録の中でしかわかりませんが、妻や子供たちが小林さんの手を取ったり、触れたりしているところを誰もみていません。

小林さんに触れていたのは愛人だけ。

しかし、これにも理由があったように思います。



こういう家族になってしまった理由とは?

ここで、小林さんの家族システムがどうして破綻してしまったのか。
B型肝炎という病気の説明も兼ねて、私たちスタッフの解釈を少しだけ残しておきます。


B型肝炎は、接触感染でかかる病気です。
接触感染というのは、肌と肌がふれると感染する、というものではなく粘膜間での接触になります。キスや性行為もこれにあたります。

ということは、小林さんの妻や子供たちも
当然感染しているのでは?と、思いますよね。

しかし、彼ら3人ともB型肝炎の検査は陰性でした。



では、小林さんはどこで感染してしまったのか。

小林さんが元気な頃、名刺入れとお財布を見せてもらったことがあるのですが、その中にヒントがありました。

小林さんは自身のキャリアを積む中で、営業職が一番長かったそうです。もちろん、接待は当たり前。バブルの時代のせいもあったかもしれませんが、女性のお世話になるお店にもたくさん通ったそう。

名刺入れの中には、その女性たちからもらったであろう名刺が、はちきれんばかりに入っていました。


以前、担当医が小林さんに尋ねたところによると

感染経路は…心当たりがありすぎて検討がつかない

という返答だったそうです。

医療関係者じゃなくても、B型肝炎・感染経路で調べれば、どうして感染してしまったのかはすぐにわかります。

あなたが小林さんの妻だったら…?
夫の病気を知って、どう思うでしょうか。

きっと、夫が病気になったというショックと同じくらい
自分が裏切られたような気持ちになっても、おかしくはないですよね。


夫の触れたもの、口をつけたもの
頭ではわかっていても、すべてが汚染されたように感じたり

今まで自分が果たしてきた妻・母という役割はなんだったのか、と自分の存在意義を問い続けたり。

妻自身も小林さんと同じように、人生のアクシデントに遭遇してしまったと言えると思います。

その影響を色濃く反映しているのが、子供たちでした。
小林さんに近づかない、触らない。
妻が子供たちにどう説明しているかまではわかりませんが、小林さんへの接触そのものを拒否しているような印象を受けました。



今度は、小林さんの立場で考えてみます。

病気が自分のせいだとして、そこから肝硬変になり肝がんに移行してしまうのは、あくまでも可能性の話です。

B型肝炎は、キャリアといって肝炎ウィルスを持ったまま何も発症しない人、というのも存在します。
小林さんの場合は、そこからさらに発症し肝硬変へ、そして肝がんへという最悪のコースを辿ってしまいました。

家に帰っても、妻や子供たちからは接触を拒否され、会社にも感染経路を含まずとも、病気の診断や治療期間は申請しなければなりません。

そんな中、可愛らしい秘書があらわれたら…?


これが、小林さん一家の家族システムが破綻した理由。
小林さん、妻、子供たち、そして愛人が
複雑に絡み合い、もつれてしまった終着点でした。



ほんとうの家族になるために

昔は、男性の経済力・生活力を求め女性がお嫁にいくのが当たり前の文化でした。

しかし、近年では女性も経済力を持ち、生活のために結婚するという選択をする女性は減少しているように思います。

もちろん、女性だけではなく男性にとっても、結婚すること・家族になることの意味が大きく変わり始めていることも影響しているでしょう。

その証拠に、男女ともに生涯未婚率はどんどん増加しています。


うらを返せば、従来の価値観である「家族」であることへの戸惑いが増え、新しい「家族」というベクトルがどんどん多様化しているからと言えるかもしれません。

だから、事実婚、週末婚、授かり婚、LGBTのカップルの認知や受容…など、法律的にフォーマルとインフォーマルの中間になるような関係性が増えているんだと思います。

婚姻関係にあること
同居していることよりも

SNSやLINEの返信がすぐにあること
いつもオンラインで繋がっていられること
契約としての関係が成立していること

これらに価値をおく関係性だってあるでしょう。

むしろ、肩書きや形式に依存せず、パートナーとの関わりにちゃんと気持ちが通っているような気がします。建前が先行する関係ではなく、気持ちや本音がベースにある関係。こちらの方がはるかに健康的だと思います。


肩書きや形式は、当事者以外に説明・証明する時に便利ですなんが
それが当事者の重荷や鎖になってしまっては本末転倒。

小林さんの場合は、まさにこの典型例だったと思います。



関係はつくっていくもの

家族や恋人など、人との関係をあらわす言葉はたくさんあります。
しかし、それに甘えたり依存したりするのは違う話です。

小林さん一家は、家族ゆえにこじれてしまった部分がたくさんありました。

そうではなく、人との関係というのは、自分とその人との分だけ無限にあります。人との関係は、作り上げて、積み上げていくもの。

壊すことなんて一瞬でできます。


だからこそ

鎖のようにしばりつけるのではなく
日々相手と絆を感じられるような関係を築いていくことが
そのまま、関係性のアップデートに繋がっていく
そう、信じています。


ここで、もう1度お聞きします。


あなたと家族をつなぐものは、なんですか。
鎖ですか?
絆ですか?
それとも…



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この「私の忘れられない患者さんシリーズ」に関しては
ずっと無料公開していくつもりです。

無名の個人にこそ、物語がたくさんつまっています。
それを知ってほしい。
自分だったらと、考えるきっかけになってほしい。

今後も少しずつですが、患者さんとの思い出を書いていきます。
よかったらこちらのマガジンをフォローして頂けるととっても嬉しいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。


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