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今年、デトロイトで

 6月にNY経由でロサンゼルスに行った。自腹の研修旅行なので渡航費用は最低限に抑えたい。というわけで乗ったのはデトロイト経由の乗り換え便だ。

 座席につくと、隣で上品そうなご婦人がお困りのご様子で、話しかけてみれば日本から娘夫婦を訪ねに行くという。機内映画を見る方法、音楽を聴く方法などをお伝えし、それからしばらくの間、言葉を交わした。ぼくが東京で脚本を書いていること、彼女が日舞の名取であること、ぼくも彼女も英語はサッパリであること、話は尽きなかった。

 ぼくの、たった40年余りの人生でも、若い頃に比べれば新しいことへの欲求は失われてしまう。それどころか、新しいものを知ることへの恐怖心や敵愾心すら芽生えてくる。ぼくのまわりにも、若い人への嫉妬心からプライドをふりかざして仕事を失う人や、新しい作品への苦言ばかりを呈しているうちに新作の書けなくなった人、必死で得た安い仕事で消耗して自分を見失った人がいる。いや、ぼく自身が同じことの繰り返しに慣れて、10年前の作品を昨日の新作のように話す人間になっていた。

 彼女は違った。70の歳を経てなお、新しい知識に貪欲で、東京で働くぼくの話に目を輝かせて「すばらしいことです」と頷いてくれた。飛行機がデトロイトに到着する。ぼくらの便は乗り換えに二時間しかない。慌てるぼくに彼女は「よろしければ連絡先を」と尋ねてくれた。メモ帳に自分の名前とメールアドレスを書くと、彼女は寂しそうに「メールはよく分からなくて」と微笑んだ。

 それから五ヶ月が経って、メールボックスにはいま、彼女からのメールが届いている。

 新しい技術を学び、知らないことを知り、五ヶ月経ってようやくメールを送れるようになった時、あのご婦人はどのような気持ちだったろうか。

 ぼくにも、その気持ちがいつでも訪れますように。

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麻草 郁
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