ひとりじょうず

 17歳の時に、初めてお金をもらってステージに立った。ゲーム会社が運営する小さなテーマパーク、大きなゲームセンターで行われるショーの出演者。薄曇りの空の下、ぼくは顔に派手なメイクをし、薄物を着てローラースケートを履き、舞台の袖から登場すると、クルリと回ってポーズをとった。

「やあ、ぼくは流れ星のトム! 君たちは何を探しているんだい?」

 稽古場で灰皿を投げつけられ、何十回も繰り返し同じセリフを言った。笑顔が固い、目が死んでる、自分が流れ星だと信じられてない、お前のせいで稽古が止まってる、あらゆる罵声を投げつけられた。思い出す限り全て正しい。ぼくは小学生のときに大人気だった光GENJIのような、薄物を着てローラースケートを履いて爽やかに笑う連中を憎んで演劇の道を選んだ、目が死んで当然だ。

 憎しみは、あこがれの裏返しだった。幼い頃に思い描いていたような17歳にはなれなかった。身長も伸びず、顔は平べったく、一重のまぶたは重く、踊ると「なんか違う」と笑われた。言動をいじられ、容姿をいじられ、笑い声と顔が気持ち悪いとなじられ、自分から笑いを取りに行けば寒いと呆れられた。

「流れ星のトム」は大きな星から生まれた少年だ。全身から光を発していて、元気で明るいから、みんなを勇気づけることができる。ぼくとは正反対だ。

 自分が流れ星であると、信じることなどできるはずもない。

 それでもぼくは、生まれて初めてもらった「役」を投げ出せなかった。自分が選ばれたのは、座組で唯一ローラースケートを扱える最年少の男子だったからだ。自分が流れ星だと信じるほかなかった、だから稽古場を夜中まで借りて、朝まで泣きながら流れ星になろうとした。鏡に映る無様な姿が憎かった。長い手足が欲しかった、小さくて端正な顔が欲しかった、微笑むだけで皆が幸せになれるような表情筋が欲しかった。ぼくには何もなかった。

 最後の稽古まで、ぼくは輝く流れ星にはなれなかった。座組の皆は同情的になり、未成年のぼくを飲み会に誘った。ぼくは「フヒヒ」と笑って断った。

 ショーの本番が始まった。一日数回、昼から夕方まで、観客を巻き込んでのスタンプラリー。舞台上での寸劇が終わると、それぞれの役柄が所定の位置に着く。ぼくは流れ星だから、場内をゆっくりと回遊する。参加者はぼくを見つけると「トム」と声をかける。ぼくはクルリと回って「どうしたんだい?」と答え、他の役の居場所のヒントを教える。そういうシステムだ。

 ファンファーレが流れる、ステージ前の広場には、親子連れやカップルや子供達が集まっている。ローブを着た魔術師が前口上を唱えると、森の動物や妖精たちが集まってくる。魔術師が空を見上げた、さあ出番だ、ぼくは床を蹴ってステージに滑り出す。クルリと回ると小さな歓声が湧いた。

「やあ! ぼくは流れ星のトム!」

 自分が思っていたものとは違う声が出た。腹の底から生きてることを喜んでる声だった。全身から光があふれ出して、生きてるのが楽しくて仕方なかった。それからの30分、ぼくはずっと流れ星のトムだった。

 ショーが終わり、楽屋に戻ると、魔術師がローブを脱ぎながらぼくの背中を叩いて笑った。

「なんだよ、できるなら稽古場でやれよ」

 ぼくは「フヒヒ」と笑ってうなずいた。

 それからの一ヶ月、ぼくは流れ星だった。近くに住んでる小学生からファンレターをもらった。明るくて元気でさわやかな流れ星のトムは、みんなの人気者だった。

 自分の中で育てたトムのことを、自分が一番信じていなかった。どんなに姿形を飾っても、そこにいるのはみっともない自分だと思い込んでいた。筋トレも、発声練習も、繰り返したセリフの数も、なにもかもを信用せず、なにかをする前の自分が決めつけた「ダメな自分」ばかりを見ていた。トムの実在を信じさせてくれたのは、観客席に座っていた人々だった。

「やあ、ぼくは流れ星のトム! 君たちは何を探しているんだい?」

 いいセリフじゃないか、25年経っても忘れたことはない。

 いろいろあったけど、結局、43歳の今も、演劇をやっている。いちおう脚本家という肩書を表看板にはしているが、役者も続けている。今年の春にはモノローグ演劇祭という催しに応募して、予選、本戦を経て、なんと準決勝まで進むことができた。練って練って練って寝かせてすっかり忘れたころに床板を剥がしたら出てきたような、熟成された一人芝居をお届けできたと思う。

「それ」が舞台の上に立っていると、信じてくれるようぼくは芝居を、稽古を続けている。いつかどこかで、君に会える日を楽しみにしている。

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